190.せめて王の首は私が!
貴族街を駆ける蹄の音に、飛び出した騎士もいた。だがウルティアの旗を見て目を逸らす。賢い奴は嫌いじゃない。隣を駆け抜ける私の編み髪が解けた。邪魔にならないよう簡単に三つ編みにしたはずの黒髪が、ふわふわと風をはらんで靡く。
「綺麗だな」
「誉め言葉は有難く受け取る主義だ」
ガスパルににやりと笑い、前を塞ごうとする輩に剣先を向ける。突き出された槍は、私ではなく馬のモニカを狙った。ある意味賢い戦術だが、馬を狙うのは下の下。騎乗して戦うことに長けたウルティアが、何も対策していないはずはない。
動きにくいので、馬に革鎧をつけるのは大規模な合戦のみ。今回のような戦いでは、革鎧を使わない。無防備に見えたモニカだが、手綱での合図に反応した。
「うわぁ!」
突き出した穂先は、身を乗り出した私の剣が叩き落とす。馬から半分近く身を滑らせて伸ばした腕は、楽々と槍に届いた。これが剣だと面倒だったが……長い得物を選んでくれてよかった。おそらく自分が馬に踏まれる可能性を考慮し、槍にしたのだろう。
「こら、ダメだって」
分家の子が馬の扱いに手こずる。突然モニカと私の挙動が乱れたので、斜め後ろに続いた馬が混乱したようだ。乗り手を振り落とそうと立ち上がり、そのまま……下にいた兵士を蹴飛ばした。
「シーロ、馬の手綱を緩めろ。そうだ」
アドバイスして、落ち着かせる。乗り手が焦れば馬に伝わるものだ。走りながら調整するシーロは、まだ若いながらに優秀だった。大人達が参加を許可するわけだな。隣に並ぶベスが「あ、蹴られた」と後ろを振り返る。
シーロの愛馬が蹴飛ばした男は、右腕があり得ない方角に曲がっていた。蹴られただけでなく、踏まれたのか? 眉根を寄せてシーロを叱った。
「シーロ、馬に変な物を踏ませるな。足が折れたら取り返しがつかない」
「すみません、お嬢様」
お嬢様と呼ぶなと重ねて言い聞かせる間に、城門に到着した。途中で数人切り捨てたが、抵抗がほぼない。貴族は騎士を抱えて籠城し、城門はすでに破られていた。モンタネール一族に遅れたか。仕方ない、せめて先に王の首を……。
「遅かったのね、アリス、ベス。もう落としちゃったわ」
かつん、硬い音が響く。革鎧の美女が、長い髪をかき上げて微笑む。真っ赤に塗られた唇が弧を描き、彼女の後ろに控える騎士が一礼して箱を見せた。中には王の首……やられた。肩を落とした私に、カランデリア様はくつくつと声を殺して笑う。
「そんなに落ち込まないで。モンタネールのほうが近いのだから、ね?」
小首を傾げる美女の満面の笑みには、真逆の本音が潜んでいる。ウルティアに勝ったわ、と。




