179.腕試しという名の洗礼?
そうじゃないわ……母上の呟きに首を傾げる。小さな声を拾ってしまったので、ここは聞かなかった振りをするべきか。素直に問うほうがいいか。黙っていよう。
決断の早さは折り紙付きの私は、即断した。
「私は……」
「っ! まず、腕前を確認させてもらおう」
父上が立ち上がって言葉を遮った。偶然にも私の意見と同じだ。文武両道を旨とするウルティアだが、当然、文武双方に長けた者は少ない。どちらかに比重が偏るのだ。私もベスも、それぞれに得意分野が違う。ガスパルは見るからに戦いに長けていた。
がっちりと鍛えた太い腕、胸板も厚く、足も太い。それなりに戦えるなら、一族に引き入れても問題ないだろう。知に長けたベスの補佐をする私が武に偏るように、得意な面で活躍すればいい。
「そうだな」
私が頷いたので、ガスパルも納得したらしい。額を押さえる母上は「なぜそうなるのよ」と嘆く。実力を確認しなければ一族の末席に加えないのは、母上もご存じのはずだが?
「ではこちらへ」
バシリオが案内役を買って出た。嫌な予感がするぞ。私は意図的にガスパルより前に出ようとするが、父上が首を横に振った。ここからもう試験は始まっているらしい。
玄関ホールに出た瞬間、飛んできた短剣をガスパルは避けた。後ろを歩く私のほうに向かってくるので、手の甲で叩き落とす。剣を握る手のひらに傷を負うわけにいかないからな。バシリオに叩き込まれた教えだった。
「っ、悪い」
焦った顔で振り返るガスパルの背に、バシリオの蹴りが飛ぶ。今度は避けずに当たるが、急所を外している。珍しいことに、腕試しだから手加減したのだろう。殺すわけにいかない。
「二度目は失敗しない」
痛みに片目を瞑るも、にやりと笑って受け流す。私がいるから受けたと言わんばかりだが……それなら短剣が飛んできた時点で終わってるぞ? 私でなく一般的な令嬢なら、刺さってる場面だからな。笑って現実を突きつけたら、もっと鋭い事実が返ってきた。
「ウルティア以外で、武器が飛んでくる屋敷はないと思うが」
ぐっ、確かにその通りだ。腕試しは終わっていないが、バシリオは二歩引いた。
「まあまあでしょう」
バシリオからは「合格ではないが、失格でもない」曖昧な判定を受けた。蹴られた背中を気にするガスパルに、洋服ブラシをかけてやる。そんなに汚れてないぞ。
「さて、では当家の騎士達との手合わせを願おう」
父上……うちの騎士は半端なく強い。ガスパルの息の根を止める気か? じっと見つめたら視線を逸らされた。母上がぽんと手を叩き「行きましょう。安心して、死ぬ前に止めます」と全く安心できない言葉を口にした。




