117.黒いフクロウの宿
王都へ向かう商隊は、もう襲われることはなかった。初手で躓いたことに焦った盗賊が回り込もうとしたが、右側面を走って先回りした傭兵団に蹴散らされた形だ。
「よかった、最後まで助けられて恰好悪く終わるんじゃ……情けないだろ」
アロンソはこめかみを指でぽりぽりと掻いて、照れたように笑った。一回り年上なのに可愛く見えるぞ。揶揄うと真っ赤になって逃げだす。その姿を見たレグロに忠告された。
「ボスはあれで純情なんだぞ。嫁さんがいないのに遊ばないでやってくれ」
私が女性だと知っていても、貴族だからと線を引いている。その努力を無駄にするなと言いたいのか。後継者の座を弟ベスに譲りたい私としては、彼が夫でも問題ない……うん、問題ないな。一度空を見て考え、確定させた。
まあ、こちらから言い寄る予定はないので、ここでお別れだろう。勢いよく盗賊狩りに出た傭兵団は、それでも最低限の護衛を残していった。その戦力に自分が含まれていると判断し、気分は上向きだ。
モニカにも警戒した様子はない。そのまま王都の門をくぐった。厳しい表情の衛兵に通行許可書を提出し、一行は中に吸い込まれていく。アロンソは門の内側ぎりぎりの位置で、全員が帰還するまで待った。幸いケガ人が出ることもなく、ほぼ無傷で戻ってくる。
「先に宿へ行くぞ」
一声かけてから、モニカの馬首を左側へ向けた。中央通りは商店が並び、右側は住居が多い。左側に飲食店や宿が集まっていた。その奥に進めば、商人達の倉庫がひしめく一角もある。荷物を倉庫に入れる商人達と別れた。
商隊主は何度も「私が仲介しますぞ、絶対です」と言い含めて、渋々と倉庫街へ向かう。一度約束したのだから、別に破る気はないが……。キロス王国の貴族相手に、相当苦労しているのだろうか。宿も指定されているので、宿の名と黒いフクロウの看板の文字を頼りに歩き出す。
街中なので、モニカやブリサから降りて歩き出した。門で注意されたため、ルカは背中の籠に収納済みだ。大型犬サイズだが、重さはさほど気にならない。
「お兄様、帰るまでお姉様はお休み?」
男装を解かないのか尋ねるベスに、こてりと首を傾げた。女性でいると危険を呼び寄せるだけだし、化粧もドレスも面倒くさい。旅装で簡易にしてもワンピースだろう。スカートの巻きつく感じが好きではないのだ。
「お姉様は屋敷だ」
ここでは出てこない。誰かに聞かれてもおかしくないよう答えた。大きく溜め息を吐いたベスは「こういうとこ、本当に鈍いんだから」とぼやいた。意味が分からず尋ねるも、はぐらかされてしまう。
黒いフクロウの看板は、聞きまわる前に見つけた。予想していたより大きな宿だな……大通りの一本後ろという一等地に建つ宿に感心しながら、厩舎に馬を預けた。モニカ達の足元で、ルカはきゅーんと鼻を鳴らした。
「少ししたらまた来る」
ぽんぽんと頭を軽く叩き、撫でまわしてから置いていった。やっぱり、部屋に入れられないだろうな。




