115.今夜こそ奢るぞ!
噛んだ後のルカは目に見えてしょげてしまい、モニカ達の陰に隠れてしまった。厩舎で呼ぶも、こちらを見るのに近づいてこない。ここは任せろと、モニカが鼻で私を押しやった。ベスによれば、取られると思って噛んだが反省しているのでは? となるらしい。
別に怒っていないし、噛んだ瞬間に力を緩めてくれたから痛くもなかった。そうか、気に入らないならと外そうとしたのが嫌だったのだな。
「今夜こそ、恩人に奢るぞ!!」
厩舎から宿に戻ると、一階の食堂の奥を占拠した傭兵団が盛り上がっていた。酒は飲んでいないのに、どうしてここまで騒がしいのか。おかしくなって、肩を震わせて笑う。
「お嬢ちゃんも一緒に、ほら」
見事に禿げ上がったおっさんに手招きされる。顔と頭に傷があるが、どちらも浅い。何より前に傷があるのがいい。敵に背を向けなかった男の証だった。傭兵は乱闘状態でもペアを組んだ相棒と背を預けて戦う。背中を切られた傭兵は、逃げる途中で攻撃されたと笑いものにされるのだ。
「いい傷だな」
にやりと笑って褒めると、禿げた男は明るく笑った。
「おう! 相棒を守った自慢の傷だ。あんたさんもいい傷だな……これは庇い傷だろ」
誰かを庇う際、斜めに背を反らして間に体を滑り込ませる。できるだけ傷を避けながらも、武器が使えない状態で誰かを庇った。傷の深さを一瞬で判断し、男は「見事なもんだ」と頷く。顔の上が細い線傷なのに、下へ向かって深くなる。
まるで見ていたように理解する男と話が弾み、隣のアロンソがむすっと唇を尖らせた。
「なんだ?」
「恩人の労いなのに、俺がほとんど話せてない」
「加わればいいだろ」
さらりと促せば、ぱちぱちと瞬いた後で会話に口を挟んだ。傷の話から武勇伝、師匠の話に波及して最後は家族の話題に落ち着く。傭兵をしている連中は、半数は出稼ぎだ。残り半分は家族がいない。盗賊に襲われて孤児になったり、そもそも親の顔を知らなかったり。
それでも家族と呼べる存在はいる。懇意にする常宿を経営する老夫婦、傭兵団の仲間やその家族、孤児院を運営する神職者。様々な繋がりで、人は孤独から解放される。その話は千差万別、聞くこちらの経験値を上げてくれた。
「酒は飲まないのか?」
「明日は一番厄介な難所があるからな」
アロンソが残念そうに呟いた。王都の手前、さほど高くない山が一つある。その脇を抜ける道が細いのだ。上から岩を落として攻撃された事件もあり、今は別ルートの舗装が進んでいた。まだ使えない道ではなく、山の脇を抜けるルートしか通れない。
「明日は王都で酒盛りだ!」
わっと歓声が上がり、傭兵達は残った料理を平らげていく。明日の酒盛りの話題を肴に、アロンソやレグロは料理を追加注文した。まだ入るとは恐れ入った。




