112.黒鹿毛の前の持ち主?
言い切られたことで、それ以上の説得を諦めた様子だった。知らなければ、多少乗馬経験のある貴族令嬢二人が寝不足で危険だ、と考える。だが、私の馬の扱いは戦いの間に見たはずだが? まあ、目前の敵に手いっぱいで、周囲に目を配れなかったのかもしれない。
傭兵団のボスとしては失格だが、気のいい奴なのは間違いない。人としては合格だな。
「昨夜はお礼が出来なかったからな、今夜の街で奢らせてもらう」
大事な用事とばかり、びしっと言いおいて去るアロンソを見送る。義理堅いのは、傭兵だからか? 下手に恩を返さずに置くと利息が付いて大変だ。その考え方はウルティア一族にもあるので、理解しやすかった。その場ですぐ返すことで、別の案件に響かせない。
「そろそろ朝食か」
厩舎の外が完全に明るくなったのを確認し、もう一度モニカの鼻を撫でて……転がったルカの腹に手を置く。上からブリサに要求され、そちらも撫でた。ここまで来たらついでだ。新人の黒鹿毛を手招きして手を伸ばした。白い流星部分を丁寧に撫でて終わる。
「また後で」
踵を返した私は、宿の入り口でベスと合流した。身支度を整えたベスが、毛先が跳ねると唇を尖らせている。そのくらいなら問題ないと思うが、可愛くなるために手を抜かないのは偉いぞ。たくさん褒めながら、空いている席に着いた。
傭兵達のテーブルの手前で、すぐに商人が周囲に座る。囲まれた状態で、次々と料理が運ばれてきた。どうやら宿の側でメニューは決まっているらしい。出立者の多い朝は忙しいから、メニューを限っているのだろう。
「お二人とも、本当に約束を守られた。感心しております」
商隊主の言葉に、にやりと笑う。少し悪く見えるのを承知で、口角を引き上げた。
「当然だ、約束は約束だからな」
「あの黒い毛並み、白い流星、もしかしたらですが……前の持ち主に心当たりがございます」
顔の広い商人らしい口振りで、何やら匂わせてくる。私達が得た馬だが、何か特別な理由があれば前の持ち主に返すのは吝かではない。相応の対価が得られ、あの黒鹿毛が元気に過ごせるのが条件だが。
譲らないと拒絶せず、静かに先を促した。
「心当たり?」
「ええ、キロス王国の騎士団長様が以前、盗賊退治の際に馬を部下の騎士様に預けたのですが」
そこで言葉を切る。聞かなくとも理解できた。その部下が殺され、馬も戦利品として奪われたのだ。もし馬が不要なら、その場で斬り捨てるだろう。軍馬は希少だが、その価値のわからぬ輩もいる。高く売れるのは事実だが、買ってくれる相手を見つけるのも一苦労だった。
「なるほど」
感心したような声を出しながら、届いたスープにパンを浸す。スプーンで口に入れ、隣の骨付き肉を頬張った。まるで気にしていないように振る舞う。やれやれと首を横に振った商隊主だが、情報をタダで渡すはずがない。何を要求してくるかな?




