107.薬が妙に沁みた
急拵えの即席弓で矢を放つ。盗賊達の統制が一気に乱れた。予想外の攻撃には誰しも慌てるものだ。崩れたタイミングに、アバスカル傭兵団が突撃した。これが決定打となり、盗賊が好き勝手に逃げ始める。
「よっしゃ! 終わったぞ!!」
アロンソの大声に、わっと傭兵の歓声が応えた。どうやら、戦闘は一段落したらしい。ほっとして車輪に寄りかかる私の手に、ベスが触れた。ぴりりと痛い。
「お兄様の指先、皮が裂けたわ……痛そう」
言われて初めて、ケガをしていたことに気づいた。固定の甘い弦が弾け、指先を傷つけたのか。滲んだ血をぺろりと舐めたら、叱られてハンカチでしっかり包まれた。
「大事な手よ、お兄様」
叱るベスの声が心地よい。綺麗なハンカチで包み、丁寧に結ぶ。仮の手当てを行うベスの表情は、不満を露わにしていた。
「すまない。私がまだ未熟だからだな」
「っ! お姉様のそういうところ、私は好きじゃないわ。もっと自分を大切にして、自信を持ってよ」
最後は泣きそうな声で告げられた。何を怒られているのかわからないのが辛い。自分の持つ能力には自信があるし、ベスが傷つくくらいなら私が代わる。その認識は直そうとしても変わらないだろう。感情的になって「お姉様」と呼称したことを咎める場面なのだが……。
つい口を噤んだ。
「助かった、決定打を……ん? ケガをしたのか! レグロ、こっちを先に頼む」
駆け寄ったアロンソが目敏く、ハンカチの巻かれた指に気づく。お礼の言葉が続く予定だった語尾は、救護要請に変わった。それほど重傷でもないんだが……ちょっと切っただけだぞ? こてりと首を傾げるが、素直に手当ては受けた。
レグロは医者の真似事が出来ると言いながら、傷を確認する。
「うわぁ、痛そう」
眉尻を下げて溜め息を吐く。それほどでもないと言いかけたが、強がりのように聞こえるので黙った。ざっくりと切れたのは、最後の矢を放った時に弦が切れたからだ。勢いよく弾けた弦が指先に食い込んだ。見た目は地味だが、思ったより深かったか。
薬が妙に沁みて、顔を歪めた。
「ほら、痛いんでしょう? もう!」
文句を言いながらハンカチを畳むベスに、後でもう一度巻いてくれと頼む。血が付いたハンカチだから、新しいのを買って返すが……捨てるくらいなら巻いておいてほしい。可愛いベスの手当てなら早く治りそうな気がする。そう付け加えたら「無自覚にたらし」とレグロに酷い評価を得た。
「あっはっは! こりゃ、今夜も何か奢るようだな」
アロンソは世話になったと笑いながら背を叩き、さっさと離脱する。傭兵団のほうもケガ人が数名出ているが、軽傷ばかりのようだ。問題なく立ち上がって歩き回っていた。
「うちのボスは高給取りだが、破産させないでくれよ?」
「それほど高額な食事が用意できる街なら、期待しよう」
にやりと笑ってレグロと別れる。機転の利く商隊主にお礼を告げ、弦が切れた詫びも伝えた。彼は「必要経費です」と収めてくれた。やれやれ、キロス王国への使いで、これほど苦労するとは思わなかったな。




