106.久しぶりに高揚する戦いだった
戦場特有の高ぶった感情に引きずられ、感覚が研ぎ澄まされていく。小さな物音、かすかな風、そういった何気ないものを拾い上げた。耳、目、肌……はっとして顔を向けた先、ひゅっと音が聞こえた気がした。実際は聞こえるはずがない。
小さな黒い点へ向けて、横薙ぎに剣を振った。左から右へ、その大きな振りに手ごたえが返る。カンと響いた音を追うより早く、矢が叩き落とされた。
「矢が来るぞ!」
叫んだ私の声に、傭兵が盾を構える。体全体が隠れる籠城戦の盾ではない。胸元や頭だけを守るための、小さな丸い円盤状の盾だった。背中に引っ掛けて装備できるので、移動に適している。
「うわっ、矢を落としたのかよ」
「すげぇ」
「つうか、人じゃねぇだろ」
口が悪い傭兵の言葉は、褒めているのだろう。技術が人並み外れていると賞賛された。そう判断し、にやりと笑った。レグロを含めた三人ほどが頬を赤らめる。なるほど、あの連中は私が女だと知っているわけか。
モニカに遠くへ逃げるよう指示を出す。ベスも同様に馬から飛び降りていた。ブリサがモニカを追って走る。人より的の大きい馬は、矢に当たりやすかった。盗賊としても質のいい軍馬は高く売れるため、無傷で手に入れたい。だが、そこまで調整して矢を放てる腕の持ち主は、早々いないのが現実だった。
馬から逸らしたはずの矢が逸れて、馬の脚に直撃……なんて事態も珍しくない。訓練された馬はしばらくすると戻るため、躊躇いなく解き放った。ベスを庇う形で、荷馬車の陰に転がり込む。
「ああ、もう……ブラウスが汚れたわ」
「次の街でフリルたっぷりのを買えばいい」
「本当? ありがとう、お兄様」
のんびりした兄妹の会話を楽しみながら、足元に刺さった矢を拾い上げた。どうやら毒は使われていない。鏃の先を確認し、数本を拾った。見回すが、弦の代わりになるものが見当たらない。商人の荷馬車にも、弓は乗っていないだろう。
「馬車の裏に……っ! ハープがあります!!」
ハープ? 商隊主の叫びに「わかった」と返す。ベスに動かないよう伝え、数歩先の荷馬車までの距離を測った。今回の旅では楽器も運搬している。売る商品ではなく、預かった品なのだろう。走って飛び込み前転で、指示された荷馬車の陰に出る。
幌の一部を割いて確認したハープは、弦が緩められていた。二本拝借し、前方へ移動する。荷馬車を引く馬が、興奮して嘶いていた。拘束する革紐を切り裂く。と、勢いよく逃げ出した。走る馬へ意識が逸れたところで、パーツの一部を外す。
いくつか使えそうな部品を集め、ベスのもとへ走った。
「この辺はいけるか」
「これって、長い鞭?」
大急ぎでしなる鞭に弦を固定する。本物の弓ではないから、実用性は低いがないよりマシだ。手元の矢をつがえ、目いっぱい引いた。荷馬車の幌の切れ目から三本ほど打ち出す。当たらなくてもいい。相手が怯めば十分だった。




