5 誰もが言う――周りは自分ほど、自分のコトなんて見てないよ
時田はある日から『呼び掛け』を毎日行った。
しかし成果は出ず、日々だけが過ぎていく。寮の食堂で時田の事を話しているらしき人物が居た。その話に耳を傾けてみる。
「戦争がどうとか言ってるじゃん」
「ああ」
「あれな」
「何と言うか……」
「うん」
「具体性が無い」
「!?」
「そうだな」
(具体性だって!? 相手の作戦、武器や軍隊の人数などの戦力、敵の本拠地がリアルタイムで分かる、とか明らかに具体的だろ! うんって言ってるやつも短絡的過ぎるし……俺の通っている大学の人間はこんなに頭が悪かったのか……)
時田は頭を抱える。
(でも!)
一人だけでも、たった一人でもあのURLを送ってくれれば全ては解決する。一人だけでいい。その気持ちが、時田を楽にした。それにしても、
(『具体的に』かぁ……)
時田は呼び掛けの文章を読み直し、ひと手間を加えてみた。
そして――、
『――。どうか、協力をお願いします。今から、B棟2階の階段前で待ちます。大学職員の方は話し掛けて頂ければ幸いです』
「ふー」
誠意を見せなければ――、な。
時田はただメールを待つのではなく、学校の敷地内に立ち、大学の職員が来てくれるのを待つ、という行動に出た。
(工学部系の大学の職員なら、この事態を異常だと察してくれるはず……)
――、
B棟2階の階段前――、期待して周りを見てる。
(目が合った! もしや……!!)
目が合った学生は、視線を他所に向けて歩いて行った。
(……)
――、
(どれだけ待ったかな? 1時間は粘ったはず……)
時田はスマホを見てみた。
(……! まだ、20分……)
「ズキン!」
春の午後、冷たい風が体温を冷やし、膝が痛くなってきた。
「帰るか?」
(いや……)
(あと……、30分……!)
――、
膝の関節が軋む。日が傾いていた。
(まぁ、初日はこんなものか……)
その日は何の収穫も無く、寮へ帰った。
翌日――、
再び呼び掛けを行い、前日の場所で立ち、人を待った。小一時間経っただろうか。一人の職員が時田に近付いてきた。
(おっ、これは!)
時田は期待に胸を躍らせた。
しかし――、
その職員は時田の近くを通り過ぎて、振り向きざまに唾を吐き、言った。
「障害児が……!」
(えっ……?)
明らかに汚いものでも見る様な、冷たい視線――。憎悪に満ちた、吐き捨てられたセリフ――。
時田は耳を疑った。明らかに時田に対しての言葉、時田の境遇も知っているであろう人物が、『障害児』と吐き捨てたのだった。
「何だと!? それでも、教育機関の職員かぁ!?」
そんな言葉は、口から出ることもなく、頭に浮かぶでもなく――
(今……何て……?)
そこに1人だけ、時間の止まった世界にいる様だった。
周囲の足音だけがやけに響いていた。
冷ややかな視線を感じる。誰かが時田に指をさしている気がした。
(……!!)
驚きは次第に怒りに変わっていった。
(大学の事だって……考えているのに……!)
時田は『呼び掛け』で確かに言った。
『――、学生なら、どのような学校に通っているのか? 等、様々な疑問も上がるはずです。その学校が、工学部系の大学だったら? 人々は学生を使って生体実験をしているのではないか? と考える可能性もあります。ひとまずは不気味な機械です。私達の所属する学校に悪いイメージがつくかも知れません。』
大学に、マイナスイメージがつかないよう、思考盗聴器を早く使用不可能にする様、動くつもりなのに……!
(ここの職員は何も分かっていない……!)
誰の為――?
思考盗聴器が蔓延すると――
パニック――
学校を守る――
危険――
他の被害者も救う――
いいや――、
(もう、知った事か……!)
寮に向けて歩き出す。
(思考盗聴器を止めるのを、やめにするか? 諦めて、ただひたすら耐えてみるか……?)
もう、学校の為だとか、先輩の就活に支障が出ない為だとか、考えられなくなった。
(自分の人生だ……もう人の為に行動するのを、止めよう……)
B棟2階の階段前を、睨み付けた。
(もう、助けない……学校、日本――、潰れてくれ)
時田はその日から、呼び掛けを止めた。
『騙された!』
『面白くなーい!!』
音声送信は厄介だ。耳を塞いでも聞こえてくる甲高い声。講義に支障が出る。イライラは募る。
『ソレサイテー!!』
「ぶはっ!」
『ダマサレテー!』
(何だ?)
音声送信の女は急に、奇声を上げ始めた。
(今のは、ちょっと面白かったぞ……騙されたいのか?)
音声送信――。
『誰かの声が聞こえる』『頭の中で不快な音がきこえる』といった現象で、何者かの声や発生源の不明な音が聞こえる(聞かされる)ことを言う。
不快な罵声? 時田は遂に吹っ切れて、頭がおかしくなったのか? 音声送信を馬鹿にして、楽しんでいる?
(あっはは。『ダマサレテー!』には、不覚ながら、笑った。あんなに、苦しめられてきたのに……。そうか、馬鹿にしてみよう。そういう風にとらえれば、案外、自我を保てるかもしれない)
音声送信の被害に、苦しみ、笑い、耐えているうちに、ゴールデンウィークという、長期休暇が訪れた。この休みでは、時田は実家に帰ることにした。多分、ちょっとした気分転換にはなるだろう。




