9 社会にちょっと出られたつったって、所詮はビギナーズラック。段々と現実が見えてくる
「いらっしゃいませ!」
居酒屋でのアルバイト生活が始まった。
時田はキッチンで料理を作るポジションで働く事となっていた。結構体を動かす仕事だったので、席に座って集中して頭を使う勉強よりは、幾分か楽だった。音声送信も、気にならない程、集中して仕事ができていた。
(働くのって案外簡単じゃないか?)
余裕をこいてそんな事さえ思う時もあった。
そう、始めのうちは――。
――、
バイトを始めて一ヶ月くらい経っただろうか。時田の持ち場の揚場に、注文が殺到した。
クリームコロッケ、
唐揚げ、
タコ唐、
クリームコロッケ、
タコ唐、
タコ唐、
クリームコロッケ。
混乱して、あたふたしてしまっていた。その様子を店長は見過ごさなかった。
「おい」
「!」
「お客さんから唐揚げまだか? ってクレーム入ってるぞ?」
「はい!」
焦らされても、状況を判断して、時間のかかるモノからフライヤーに入れて仕事をこなしていった。ひと段落すると、
「おい、裏へ来い」
店長から呼び出しがあった。ゴミ箱などがあるお店の裏へ促されるまま入って行った。不意に、店長が胸ぐらを掴む。
「!」
視界が、揺れた。
「お前、仕事が遅ぇんだよ。お客さん待たせて……何週間働いているんだ?」
「はい……」
「何だと思ってんだよ?」
「はい……すいません」
「いいか? 今度お客さん待たせたらただじゃ置かないぞ?」
「はい……」
急だった。一ヶ月間、会話もろくにしなかった店長が、急に怒鳴り散らしてきた。胸ぐらを掴んで
――。
(でも、お金をもらっているんだ。自分のミスだし、仕方ない)
そう自分を納得させて、仕事に戻った。これが、店長から受けるパワハラの始まりに過ぎないと、知るよしもなく――。
「お客さん呼んでるよ!」
(……まさか)
ホールの人が対応に向かったのを見た。暫くして、店長がこちらへやって来る。やけにニヤついていた。口だけは笑っている様に見えたが――
「お客さん待たせたな! こっち来い!!」
またしても胸ぐらを掴まれた。
「仕事なんだよ!! 分かってんのか!?」
ゴンゴン!
店長は時田の頭を分厚い壁に打ち付けてきた。
重たい痛みが、後頭部にズンズンと響いてくる。
(さっきはニヤニヤしていたのに……まさか、怒りたくて怒ってる……?)
「――! ――!!」
(何か説教してくるけど……?)
頭に血が上っている時田の耳には、その言葉は入ってこない。
「なんだその目は!!」
「……はい」
(頭が痛い)
「もういい!! お前はクビだ!!!!」
「!」
「いいな!?」
「はい……」
クビ宣告を受けた。
(丁度辞めたいと思ってたところですよーだ。こんな良く分からない店長の下で働いても、ギスギスするだけだ。別の場所で働こう)
その日の締め作業中に、店長が話し掛けてきた。
「クビって言ったけど、今月のシフト分はしっかり働いてから辞めろよ?」
「はい……(当たり前の事かも知れないけど、コイツが言うとムカつく)」
クビ宣告を受けた時田は、明日からこの店長と顔を合わせる事が無いのだろうと、安心していたが、少し社会の厳しさを知る事となった。
『すげぇ店長だね』
音声送信が聞こえてきた。
『手ぇ出してきたんだから、何かしてやれば?』
暴力で何かを解決したことのない時田には、無縁のアドバイス(?)だった。
次のシフトの日、休憩中にバイトの先輩と話す機会があった。
「お疲れ。今の店長、どう思う?」
「……厳しい人だと思います」
時田は当り障りのない言葉を探し、言った。すると、思いがけない言葉が返ってきた。
「今の店長はクソだよ」
「!!」
「昔の店長の方がいいね」
「そう……なんですか」
「お客さんも店長のコト嫌っているよ。しかもアイツ、ピークタイムに事務所で内職してるんだぜ? 家で帰ってからできるのに」
「!! ……クソ、ですね」
時田は少数派では無かった。店長を嫌っている人は、居る。しかも弱みに付け込む情報も得られた。今度のピークタイム、店長を探してやろう。
『それでいいよ』
音声送信の声も、流石に時田に味方してきた。
(本当に味方するのなら、音声送信を二度とできない状態にしてほしいものだが……)




