53.三層
俺達は、昼前にダンジョン前の広場に辿り着く。俺とモモのレベルが前回の金策で9に上がり、歩行速度が上昇していたためだ。他の冒険者達が寛ぐ中、俺達はお気に入りのここに座ってくれと言わんばかりの丸太の前に移動する。その上に腰を下ろし、少し早い昼食を取り始める。
「お兄ちゃん。今日の予定は、どうするの?」
「三層まで一気に行こうと思うが、どうだ?」
「私は、大丈夫です。三層は、前に行ったことがあります」
足をぶらつかせながらサンドイッチを頬張るモモが尋ねた。サンドイッチを食べる手を止めた俺は、返事を戻してリリーを見ながら尋ねた。微笑みながら美味しそうにサンドイッチを頬張るリリーは、口元を隠しつつ返事を戻した。三層は、適正レベルが10以上と言われている。
(リリーが大丈夫なら、たぶん平気だな。俺とモモにはアドバンテージがあるし、今回は何より3人パーティーだ。余程の事が起きない限り、問題はないだろう)
「モモ。今回からは、戦闘の前にプロテクトを掛けてくれないか?」
「いいけど、どうして?」
「前にも言ったが、効果を確認するためだよ」
「わかった!」
思考して安心した俺は、以前から予定していた事を話した。モモは親指で口元を拭いながら尋ね、俺は理由を話した。大きく頷きながら返事を戻したモモは、そのあと頬を緩ませつつ大きく口を開けてサンドイッチにかぶりつく。
(美味そうに食べるな…)
モモを見ていた俺は、思考しながら食欲が増した。モモとリリーは楽しく会話を弾ませ始める。俺はこっそり、今朝受け取った革袋の中にアイスニードルを入れて鍋を冷やす。
このあと、食事と打ち合わせを済ませた俺達は三層に向けて出発する。道中でモンスター達に絡まれるが、ここも既に三度目だ。俺とモモはそれらを軽く倒し、リリーも敵ではないと杖で殴り倒す。
プロテクトは、しっかり掛けているがレベルが低いためか効果が殆ど分からない。薄い膜のようなもので覆われているような、いないような? そんな状態だ。そして、今日の時間はあまり残らないが、俺達は二層にある下り階段の手前の森林に辿り着いた。
「ここは、一層とあまり変わらないんだね」
「はい。ですが、中は少し違いますよ」
森林を見渡しているモモが尋ね、リリーが微笑みながら返事を戻した。
「この周りは、モンスターは出ないのか?」
「出ませんよ。それと、モンスターは、逃げて来た場合は別ですがここには近寄りません」
俺はリリーを見ながら尋ね、リリーは少し得意気に返事を戻した。
「そっか。それなら、このまま奥に行こう」
俺は提案し、2人は軽く頷いた。俺達は、森林を何事もなく抜ける。
「草が、少し多いんだね」
「そうだな」
立ち止まったモモが眼前に広がる景色を見渡しながら話し、俺は相槌を打った。
景色は、一層の下り階段がある場所と類似している。差異は、所々に背の高い雑草が生え、散らばる建物の残骸につるや苔などが繁殖する部分だ。俺達は残骸を避けながら中央に向けて再び歩み始め、下り階段の手前に並び立つ。
「おお! ここが、三層に行く階段か!」
階段を見下ろした俺は、思わず声を上げていた。
階段は、構造は一層のものと類似している。差異は、階段の上部から幾重にも折り重なるつる状の草が地面まで垂れ下がり、踏面に満遍なく苔などが繁殖する部分だ。そのため、先の見通しが困難かつ、油断すると足を滑らせて下まで転がり落ちそうだ。
「うっそうとしてる感じがいいな!」
「何かありそうだよね!」
「気を付けてくださいね。ここは滑り易いので」
前のめりな俺とモモは声を上げ、こちらを見たリリーは笑顔で注意を促した。
「わかった。それじゃあ、下に行くぞ!」
「うん!」
「進みましょう!」
返事を戻した俺はテンション高く声を上げ、モモとリリーも同様な返事を戻した。
俺達は滑らないように注意しながら力強く一歩を踏み出す。踏面の苔の感触は、まるで絨毯の上を歩いているかのようだ。壁には、一層と同様なランプが取り付けられている。
「このつる。カーテンみたいだね」
「持って帰りたいな!」
「部屋に飾るんですか?」
「ああ。いい味が出そうだ!」
「まあ!」
「それいいかも!」
垂れ下がるつるの前に辿り着いたモモが、それを撫でるように触れながら話した。つるを見上げた俺は、願望を話した。リリー尋ねた。俺は返事を戻し、リリーは笑顔で驚きながら、モモは俺を指差しつつ声を上げた。
俺達は、そんな冗談を交わしながらつる状の草を搔き分けつつ更に下を目指す。地上からすると、建物の二階分ほど下ったであろう。最後の一段から足を踏み降ろし、前方を確認する。
「この部屋、かっこいいね!」
「遺跡みたいだな」
「お洒落な場所ですよね」
眼前に広がる部屋のような空間を見たモモが、こちらに振り向きながら声を上げた。俺はそのまま呟き、リリーはモモを見て話した。
今回のこの空間は、石造りの遺跡の地下室の様だ。左右の壁に、大きなタコの石像が幾つか並ぶ。奥の壁には、鉄製と思われる厳めしい扉が見える。モモが石像に駆け寄る。俺とリリーは歩いてモモのあとを追う。
「ねえねえ! この部屋に、隠し扉とかはないの!?」
「残念ですが、そういうのはありません」
「ちぇっ。なんだ~。つまんないの~」
(なんで、タコなんだろう…?)
石像を調べていたモモが、興味津々な表情をこちらに向けながら尋ねた。俺とリリーは立ち止まり、リリーが申し訳なさそうに返事を戻した。舌打ちしたモモは、両手を頭の後ろで繋ぎながら奥の扉に向けて詰まらなそうに歩き始める。モモから石像に視線を移した俺は、顎に手を添えて思考した。歩み始めたリリーを視界にとらえた俺は、疑問が残る中で歩みを再開する。そのまま、全員で扉の前に辿り着く。
「ここを抜ければ、いよいよ三層なんだな!?」
「はい。この先がそうです」
「どんな場所なんだろうね!?」
「それは、あれだろ?」
「そうじゃなくて。実際に見たら、どんな感じかなって」
扉を眼前にして石造のことを忘れた俺は、期待を膨らませながら尋ねた。左隣で微笑むリリーが小さく頷いて返事を戻した。右隣のモモが俺に笑顔を見せて尋ね、見返した俺はあれそれで返事を戻した。俺とモモは、三層は魚が居るファンタジーな世界よと、マリーから話を聞いていたためだ。首を振って否定したモモは、質問の意味が違うと話した。
「三層は、とても奇麗な場所ですよ」
「本当にそうなのか?」
「はい」
「それなら、期待しとくか」
「うん!」
微笑み続けているリリーが話し、俺はリリーを見て尋ねた。リリーはそのまま返事を戻し、俺は視線をモモに移しながら尋ねた。モモは笑顔で返事を戻した。そして、俺は心をときめかせながらドアノブに手を掛ける。
「開けるぞ?」
声を掛けた俺は2人を確認する。モモはワクワクソワソワしている。リリーは俺に優しく微笑み返す。視線を扉に移した俺は、ドアノブをゆっくり内側に引く。モモが開き掛けた扉の隙間に駆け込み、中を覗く。
「ふわ~」
モモは、なんとも言えない感嘆のような声を上げた。扉を開いた俺は、目の前の光景に思わず息を飲む。
「こ、これは…。本当に、ファンタジーだな…」
現実世界とは思えないほどの美しい光景を目の当たりにした俺は、呼吸すら忘れて呟いていた。
三層は、魚達が泳ぎ回る世界。しかし、そこに水はなく、魚達は空中を泳いでいる。色鮮やかな魚達のみではなく、タコやイカやヒトデなども泳いでいる。大きさは、食卓で見かけるものから正しくモンスターというものまで揃う。
景色は、太陽が少し傾き掛けているが、強い日差しの下で地面が砂の南国風。ヤシの木、ユリ、ハイビスカスのような植物達が色彩豊かに繁殖している。その他にも、珊瑚が生え、海藻が揺らめき、何処からともなく水泡が湧き上がり、景色の中の所々で煌めきが起きている。更に、微かな潮の香りも届いている。
「わあ~! 凄いねここ! おもしろ~い!」
三層内に駆け出したモモは、声を上げながら両手と片足を上げてクルリと回る。続けて踊るようにして景色の中を駆け出したが、突然、驚いたようにして立ち止まる。笑顔を浮かべたモモは、興味津々な様子で目の前に浮かぶものを指で突く。それは子ダコの様だ。突かれた子ダコは、そのままモモの指先に絡み付く。足の吸盤で体を固定しつつ、まるで舞い踊るかのように幾つかの足をうねうねと動かし始める。
「不思議だよな~。どうやって浮いてるんだ?」
「ここの魚達が浮いてることは、謎なんです。一節によると、魔力で浮いてると言われていますが、はっきりとは分かっていないそうです」
「謎なのか~」
「そうなんだ~!」
俺は、間近で泳ぐ小魚の群れを指で突きながら尋ねた。小魚達は逃げるようにして散らばり、離れた場所で再び群れを作る。リリーは困り顔で返事を戻した。この場の雰囲気に呑まれている俺は間延びした返事を戻し、小魚達と戯れ始めたモモは楽し気に声を上げた。しばしの間、俺達はこの状況を楽しむ。
(この、魚が浮く理屈が分かれば、誰でも空を飛べそうだよな…)
思考が少し正常に戻った俺は、試しに付近で浮いている小魚を剣で切る。小魚は一瞬で霧となり消滅し、魔石などは落とさない。
「モンスターに、成り掛けってことなのか?」
「ごめんなさい。それも分からないんです」
俺はリリーを見ながら尋ねた。リリーは再び困り顔で返事を戻した。
(この世界の住人とは言え、あまり、リリーにダンジョンの事を聞かない方がいいな。未だに未知な部分が多いとか言ってたし…)
リリーから視線を外した俺は、思考しながら少し反省した。
このあと、俺はリリーを連れてモモと合流し、再びこの状況を楽しむことにした。ついでに、何かアイテムを落とさないかと他の魚も切ってみたが、食卓サイズのものは何も落とさなかった。
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