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1.はじまり

 特急から乗り換えた電車は単線で、のんびりと進む電車の車内は乗客がまばらだった。


 窓の外を流れる景色は、乗り換えた駅を出たばかりの頃こそ建物が多かったものの、すぐに空き地や畑が目立つようになってきた。


 背の高い建物は少なくて、青く晴れ渡った空がよく見える。


 停車する駅はどれも無人駅みたいだった。

 小さな駅舎があればいいほうで、中にはホームに屋根がついているだけの駅もある。


 おれは単線の電車に乗るのも初めてなら、無人駅を見るのも初めてだったから、駅に誰もいないことに驚いた。


 無賃乗車する奴とかいないのかな、と考えて、ああ、きっと平和なんだな、と思い直す。


 いつだったかテレビで見た無人市場のことが頭をよぎった。


 無人の小屋に野菜や果物などの商品と木箱が置かれていて、買う人は代金を木箱に入れて品物を持って帰る、という仕組みらしい。


 監視カメラなんかは設置されていないから、盗もうと思えば盗み放題という、まるで良心を試すかのようなシステムだけど、その時テレビに取り上げられていたところでは、きちんと代金が木箱に入っていることがほとんどなんだとか。


 時に、買い主が細かいお金を持ってなかったのか、多く入っていることもあるという。


 善良な住人ばかりなんだな、と感心した記憶がある。


 人間や建物が密集していると心がぎすぎすしてくるけれど、人間や建物のあいだに適度なゆとりがあると心にも余裕が生まれる……のかもしれない。


 なんにせよ、これからここに住むことになるわけだから、平和なのに越したことはない。


 そんなことを考えていると、降りる駅がアナウンスされた。

 隣に置いていたデイパックに飲みかけのペットボトルを放り込んで席を立つ。


 おれが降り立った駅も、やっぱり無人駅だった。

 背後で電車のドアが閉まる。


 なんとはなしに遠ざかる電車を見送っていると、少し進んだところで停車した。


 線路が真っ直ぐだから、次の駅に電車が停まっているのが見えるようだ。


 いったい、幾つ先の駅で止まるのまで見えるんだろう。


 そんな好奇心を抱いて電車を眺めていると、ふいにぱらぱらという雨音がした。


 さっきまで晴れてたのに、と思って空を仰ぐと、そこにはさっきまでと変わらない青空がある。


 あれ、と首を捻る。


 じゃあ、これはなんの音だろう。


 音の正体を探そうと周囲を見渡した時、ホーム脇にある桜の木の下にひとりの少女が立っているのに気づいた。


 その横顔は人形のように整っていて、肌は透けるように白い。

 艶やかな黒髪は腰に届くほど長いけれど、重たくは見えない。

 年はたぶんおれと同じくらい。


 線が細いからか、とても儚い感じがする。

 

 すっかり少女に目を奪われていたおれは、伏せられた長い睫の下からすっとこぼれ落ちる涙を見てしまって、息を呑んだ。


 引き寄せられるように数歩、少女のほうへと近づく。


 どうしたの、と声をかけようとしたその瞬間。


 強い風が吹き、視界が桜の花弁で埋め尽くされた。


 桜の薄紅、薄紅、薄紅。


 思わず腕を顔の前にかざす。


 風は一瞬で吹き抜け、ゆっくりと腕を下ろしたおれは思わず目を瞠った。


 桜の下から、女の子の姿が搔き消えていた。


 時間にすれば一分にも満たないはず。たったそれだけの時間で消え去るなんて。


 そんな、まさか……。


 ホームの端まで駆け寄って少女を探すけれど、影も形も見当たらない。


 幻? 幽霊?


 誰もいなくなった桜の木の下を呆然と眺めていると、舞い上げられて宙を漂っていた花びらが一枚、鼻先をひらひらと落ちてきた。


 ――いつしか、さきほどまで聞こえていた音はぴたりとやんでいた。

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