第3話「銀世界に射し込む朝の光」
厚い雲の隙間から差し込む青白い光が、ルカの瞼を優しく撫でた。
目を覚ますと、分厚い毛皮の掛け布団が身体をすっぽりと包み込んでいる。
獣の毛特有のふかふかとした触感と、自分の体温がこもった心地よい温もりがそこにあった。
王都を出発して以来、まともに眠れた夜はなかったはずだが、気を失うように深い眠りに落ちていたらしい。
布団から出た瞬間に肌を刺す冷気に身をすくめながら、ルカは急いで手持ちの中で一番分厚い衣服に着替える。
冷たい水で顔を洗うと、残っていたわずかな眠気が一気に吹き飛んだ。
タオルで顔を拭いながら窓の外に目を向ける。
そこには、見渡す限りの純白の銀世界が広がっていた。
部屋を出て静かな回廊を歩く。
城の者たちはすでに働き始めているようで、遠くの方から微かな足音や食器が触れ合う音が聞こえてきた。
ルカは誰の邪魔にもならないよう、足音を忍ばせて城の裏手にある庭園へと向かう。
勝手口の重い扉を押し開けると、冷涼で澄み切った空気が肺の奥まで入り込んできた。
庭園と呼ぶにはあまりにも殺風景で、雪に覆われた平坦な土地がただ広がっているだけだ。
ルカは膝の高さまで積もった雪を掻き分けながら、ゆっくりと歩みを進める。
庭の隅にある少し小高い場所で立ち止まり、ルカは膝をついた。
手袋を外し、素手で表面の雪を取り除く。
その下に隠れていたのは、霜柱が立ち、石のように固く凍りついた黒い土だった。
指先を這わせて土の感触を確かめる。
刺すような冷たさが指の腹から伝わってくるが、ルカは構わずさらに深く指を突き立てた。
少しだけ掘り起こした土を手のひらに乗せ、顔を近づけて静かに匂いを嗅ぐ。
雪と氷の匂いの中に、微かに眠る生命の青臭い香りが混じっているのがわかった。
『生きてる。この土なら、きっと』
ルカの胸の奥で、小さな熱い火種がポッと灯るような感覚があった。
王都の屋敷の庭の隅で、誰にも見向きもされない植物たちを育ててきたルカには、確信に近い思いがある。
北の寒冷地でも、根を張り、芽を出す強靭な作物は存在するはずだ。
何もしないで保護されるだけの存在になるのは嫌だった。
自分を買ってくれたあの不器用なアルファの男に、そしてこの土地に、少しでも報いたい。
その時、背後で雪を踏む足音が聞こえた。
振り返ると、薪の束を抱えた年配の使用人が驚いた顔でルカを見下ろしている。
「奥方様。そのような薄着で、素手で雪など触っては凍傷になってしまいます」
慌てた様子で駆け寄ってくる使用人に、ルカは柔らかく微笑みかけた。
「心配をおかけしてすみません。少し、土の様子を見ていたんです」
ルカは立ち上がり、膝についた雪を軽く払い落とす。
「あの、お願いがあるのですが」
使用人が不思議そうに首を傾げるのを見て、ルカは真っ直ぐに相手の目を見つめた。
「クワとスキを、お借りできないでしょうか。あと、少しばかりの種も」
真っ白な息を吐きながら紡がれたその言葉に、使用人は目を丸くする。
ルカの青白い顔には、これまでに見せたことのない静かで力強い決意の色が浮かんでいた。
冬の厳しい風が吹き抜ける中、雲の切れ間から射し込んだ一筋の朝陽が、ルカの足元の黒い土を淡く照らし出していた。




