第2話「冷たい手と温かい暖炉」
案内されたルカの私室は、王都の屋敷と比べれば装飾が少なく質素な造りだった。
しかし、壁に組み込まれた大きな石造りの暖炉では、すでに赤々とした炎が勢いよく燃え盛っている。
分厚い薪がはぜる音が、静かな部屋に心地よいリズムを刻んでいた。
先ほどのレオンの指示が、すぐに実行されたのだとわかる。
ルカは暖炉の前に歩み寄り、冷え切った両手を炎にかざした。
オレンジ色の光が青白い肌を照らし、じんわりとした熱が凍えていた皮膚の表面からゆっくりと内側へと染み込んでいく。
薪が燃える微かに甘い木の香りが、緊張で張り詰めていた胸の奥を静かに解きほぐしていった。
温かさに安堵のため息を漏らした直後、扉をノックする控えめな音が響く。
夕食の準備が整ったという知らせだった。
再び冷たい回廊を通り、案内された食堂は執務室以上に広々としていた。
長い長方形の木のテーブルの端と端に、ルカとレオンは向かい合うようにして座る。
二人の間には、声を張らなければ届かないほどの物理的な距離があった。
テーブルに並べられたのは、王都のような豪華なコース料理ではない。
湯気を立てる鹿肉と根菜のシチュー、固めに焼かれた黒パン、そして温かい果実水だけだ。
レオンは無言のままスプーンを手に取り、静かに食事を始める。
ルカもそれに倣い、震えの治まった手で木製のスプーンを持ち上げた。
シチューを一口含むと、肉の深い旨味と野菜の甘みが舌の上に広がる。
とろみのある温かい液体が喉を通り、空っぽだった胃袋をじんわりと満たしていく。
見た目は素朴だが、身体の芯から温まるような優しい味がした。
食器が触れ合う微かな音だけが響く中、不意にレオンが顔を上げた。
「エルウィス家への送金は、すでに済ませてある」
低くよく響く声が、広い食堂の空気を震わせた。
ルカはスプーンを置き、姿勢を正してレオンをじっと見つめ返す。
「ありがとうございます。私にできることがあれば、何でも申し付けてください」
契約として買われた身である以上、何らかの義務を果たさなければならないとルカは覚悟を決めていた。
しかし、レオンは微かに眉間にしわを寄せただけで、すぐに視線をそらした。
「お前に求める義務など何もない。ただ、この城で静かに暮らしていればいい」
その言葉の意味を測りかねて、ルカは瞬きをする。
オメガである自分を大金で引き取ったということは、跡継ぎを残すためか、あるいは慰み者にするためだと考えていた。
だが、レオンの灰色の瞳には、ルカに対する欲望や支配欲のようなものは微塵も浮かんでいない。
ただ淡々と、事実だけを述べているようだった。
『私に触れるつもりは、ないということだろうか』
ほっとする気持ちの反面、自分が何の役にも立たないお荷物になったような申し訳なさが胸をよぎる。
ルカの視線が、テーブルの上に置かれたレオンの大きな手へと向かう。
剣を振り続けてきた証である無数の小さな傷と、分厚いタコが刻まれた無骨な手。
その手は、冷酷な暴君のものというよりは、何かを必死に守り抜いてきた者の手のようにルカには見えた。
王都の噂と、目の前にいる男の静かな佇まい。
その間に生じる大きな乖離に戸惑いながらも、ルカは再び温かいシチューに口をつける。
窓の外では容赦ない吹雪が唸り声を上げていたが、城の中の空気はルカが想像していたよりもずっと穏やかだった。




