第11話「王都からの使者と獣の咆哮」
城の地下に広がる石造りの大広間には、すでに数十人の領民たちが身を寄せ合うようにして集まっていた。
壁面に等間隔で設けられた巨大な暖炉には太い薪がくべられ、赤々とした炎が冷え切った空気を必死に暖めようと燃え盛っている。
しかし、床の石畳から這い上がってくる底冷えと、目に見えない恐怖という冷気が、人々の体温を絶えず奪い続けていた。
広間の中には、泣きじゃくる幼い子供の甲高い声と、それを必死になだめる母親のかすれた声が反響している。
ルカは広間の中央に立ち、運び込まれた毛布や保存食の配分を的確に指示して回っていた。
人々の顔には一様に深い疲労と絶望の色が張り付いており、誰もがこれから起こる惨劇を想像して小刻みに震えている。
ルカのすぐ傍らには、広間の入り口を塞ぐようにしてシロが巨大な身体を横たえていた。
その堂々とした純白の姿と、力強く規則正しい呼吸の音が、恐怖に怯える領民たちの心にわずかな安堵を与えているのがわかる。
***
ルカが負傷した伝令の兵士の止血を終え、呼吸が安定したことを確認した直後だった。
広間へと続く長い石の階段の上から、複数の慌ただしい足音と、甲高くヒステリックな男の叫び声が響いてきた。
「ええい、この野蛮な田舎者どもが。私を誰だと思っている、王家直属の査察官だぞ」
声の主は、豪華な絹の衣服を身にまとった恰幅の良い中年男だった。
男の衣服は泥と雪で汚れ、所々が鋭い爪で引き裂かれたように破れている。
その後ろには、同じように青ざめた顔をして震える数名の従者たちが、荷物を抱えて縮こまっていた。
査察官を名乗る男は、階段を下りきって大広間の光景を目にするなり、顔を真っ赤にして激昂した。
「なんだこのむさ苦しい場所は。臭くて汚い平民どもと一緒に、私をこんな地下室に押し込めるつもりか」
男の口から飛沫とともに吐き出される侮蔑の言葉に、領民たちはびくっと肩を跳ねさせてさらに身を縮める。
「すぐに最も暖かく豪華な客室を用意しろ。それと、最高級のワインと温かい肉料理だ」
男が横柄な態度で城の使用人に詰め寄ろうとしたその時、ルカが静かな足取りで男の前に進み出た。
「ここは北の最前線であり、現在は魔獣の襲撃に対する非常事態の真っ只中です」
ルカの声は高く張ることはなかったが、広間の隅々までよく通る澄んだ響きを持っていた。
「あなたが王都の貴族であろうと、ここでは等しく庇護を受けるべき避難民の一人に過ぎません。客室もワインも用意する余裕は、現在のこの城にはありません」
ルカの真っ直ぐで揺るぎない視線に射抜かれ、男は一瞬言葉を失ったように口を半開きにする。
しかし、すぐに自分の権威が傷つけられたと感じたのか、顔の血管を赤く浮き上がらせてルカを指差した。
「生意気な口を叩くオメガの分際で。私が王都へ戻れば、ヴォルグ辺境伯などすぐにでも反逆罪で処刑してやるものを」
男がさらに罵詈雑言を続けようと息を吸い込んだ瞬間。
ルカの背後から、空気を直接激しく叩きつけるような、低く重厚な獣のうなり声が響き渡った。
男が震える視線をルカの後ろに向けると、そこには立ち上がったシロが黄金色の瞳を細め、鋭い牙をむき出しにして男を見下ろしていた。
魔獣など比較にならないほど巨大で、底知れぬ力を持った北の聖獣の威圧感。
男は喉の奥でひゅっと短い音を立て、腰を抜かしたようにその場にへたり込んだ。
高価な絹のズボンが床の冷たい石畳にこすれ、男は無様に這いずりながら従者たちの後ろへと隠れる。
「シロ、もういいよ。ありがとう」
ルカが優しく声をかけると、シロはすぐに牙を収め、再び大人しくルカの足元に腰を下ろした。
広間を取り囲んでいた緊迫した空気が緩み、数人の領民から小さく安堵のため息が漏れる。
しかし、その平穏な時間は長くは続かなかった。
城の分厚い石壁と深い土の層を越えて、地響きのような低くおぞましい音が大広間にまで伝わってきたのだ。
それは数十という数の魔獣が一斉に放った、飢えと殺意に満ちた咆哮だった。
天井の隙間から細かい土埃が舞い落ち、壁の燭台の炎が大きく揺さぶられる。
領民たちは互いに抱き合い、耳を塞いでしゃがみ込んだ。
査察官の男は恐怖で完全に正気を失い、床に突っ伏して頭を抱えながら甲高い悲鳴を上げ続けている。
ルカはシロの分厚い首の毛皮に両手をしっかりと差し込み、石の床から伝わってくる微かな振動に神経を集中させた。
頭上の地表で、激しい剣戟の音と、肉が切り裂かれる鈍い音がすでに始まっているのがわかる。
ルカは目を閉じ、ただひたすらに、あの不器用で優しい灰色の瞳を持つ男の無事を祈り続けた。




