エピローグ:終章1:静寂の此岸と、琥珀色の刻
「死者選定」の閉幕から、数日が経過した。
あの日、日本中を焼き尽くさんばかりに燃え盛っていた狂気的な熱狂は、驚くほど急速に、そして呆気なく沈下し始めていた。
人々の関心は既に次の刺激へと移ろい、デジタル空間を埋め尽くしていた罵詈雑言や憶測のノイズも、今や砂嵐のように霧散しつつある。
その沈静化を決定づけたのは、公式から発表された「不手際」の報告だった。
最終選定にて「死」を賜ったはずの彼岸が、実は投与ミスによって睡眠薬のみが投与されており、絶命には至らず無事に施設から帰還したという報道は、世間に大きな衝撃とそれ以上の安堵をもたらした。
「最も生き残ってほしい」と願われていた彼の生還に、ネット上には祝福の言葉が溢れ、皮肉にも企画の失敗が国民の溜飲を下げる結果となったのである。
一方で、無事に生還したはずの他の4人が山からの転落事故によって他界したというニュースに対しては、世論は冷酷なまでに突き放した反応を見せた。
「ざまあみろ」「天罰だ」「死んで当然」「あいつらの死こそが国民の総意」
死体蹴りともいえる無慈悲な言葉の礫が、物言わぬ遺体へと浴びせられる。
数々の手違いや不測の事態が重なったことを理由に、政府は第2回選定の実施を未定とし、実質的な打ち切りを示唆した。
こうして、血塗られた狂宴「死者選定」は、後味の悪い余韻だけを残して終焉を迎えた。
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新しい朝の光が、音無鶫の横顔を優しく照らしていた。
転入した新しい学校での生活は、以前の地獄のような日々とは打って変わって、驚くほど穏やかで満ち足りたものだった。
施設内での彼女の毅然とした在り方、そして最後まで人としての品位を失わなかった姿は、同世代の生徒たちの目に勇気ある少女として映っていた。
かつての迫害はどこにもなく、そこには確かな尊敬と親愛の情に満ちた、平和な日常が広がっている。
鶫の毎日は、規則正しく、そして心地よい忙しさに満ちている。
平日は学校で勉学に励み、午前中までの集中的なカリキュラムを終えると、彼女は真っ直ぐにあの琥珀色の喫茶店へと向かう。
「お早う御座います、鶫さん。」
「お早う御座います、彼岸さん。」
お互い、笑顔で挨拶し合う彼岸と鶫。
13時に入店して14時までのランチタイムの仕事をこなし、その後は翌日の仕込みに精を出す。
土日は早朝から店に立ち、淹れたての珈琲の香りに包まれながら、訪れる客一人ひとりに誠実に向き合う。
仕事が終わる夕刻、鶫はもう一つのルーティンへと足を運ぶ。
喫茶店のすぐ近く、鬼道閻魔が「福利厚生」として用意してくれたモダンなトレーニングスタジオ。
そこには、かつて施設で彼岸から教わった、生きるための拳を磨き続ける場所があった。
健康維持のためにと続けることにしたボクシングだったが、彼岸や喫茶店のスタッフ達と共に汗を流すその時間は、彼女の細い体に確かな芯を作っていった。
「彼岸さん、今のフック、どうでしたか?」
「ええ、とても鋭い良い拳でしたよ、鶫さん。」
トレーニングで火照った体を夜風に晒しながら、彼岸と並んで帰路につく。
そこには、奪い合う死も、換金される命も存在しない。
ただ、自分たちが引き受けた生を、一歩ずつ噛み締めるように歩む二人の影が、穏やかな此岸の街並みに長く伸びていた。
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