↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死者選定  作者: 修羅観音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
90/97

第八十九章:此岸の生、受け継がぬ命の決意

「さて、伝えるべきことも伝え終えましたから、私はこれで御暇おいとまします。それではまた、ごきげんよう。あ、私はここのオーナーですから、珈琲は福利厚生として無料という事で。ふふっ、役得ですね」


閻魔はそう言って、悪戯っぽく口角を上げると、丁寧に一礼した。

彼女は再び使い慣れたサングラスを装着し、カジュアルな装いに戻った死神の足取りで、カランコロンと涼やかな音を残して喫茶店を後にした。


「はい。またのお越しをお待ちしておりますよ。」

彼岸はいつものように穏やかな笑顔を湛え、去りゆく彼女の背中に向かって、静かに合掌してお辞儀をした。


「……色々と、本当に有難う御座いました。」

鶫もまた、深々とお辞儀をして彼女を見送った。


扉が閉まり、午後の柔らかな光が差し込む店内には、再び鶫と彼岸の二人きりの静寂が戻ってきた。

鶫は、先ほどタブレットで見たあの凄惨なニュースの残像を脳裏から追い出すように、ゆっくりと視線を落とした。


「……あんなに、あんなに必死に、外に出ることを望んでいたのに。それが叶ったばかりだったのに……。残酷と言えばいいのか、虚しいと言えばいいのか、今の私には上手く言い表せません」

絞り出すような彼女の声に、カウンターの奥に立つ彼岸は、豆を挽く手を止めて静かに語り始めた。


「一寸先は闇、そして諸行無常。人は生老病死という宿命から逃れられず、四苦八苦にはどうあがこうが、ただ受け身であるしか御座いませんからねえ」

彼岸の声は、まるで古びた経本を読み上げるかのように、静かに鶫の心に浸透していった。


「彼らは、山で死と深く縁を結ばれました。数日間であれ、苦楽を共にした縁ある者としては、悲しみを感じざるを得ません。ですが、これもまた『此岸』に残された私たちが、あるがままを引き受けて生きていくということで御座います」

そう言うと、彼は再び掌を合わせ、目蓋を閉じて深々とお辞儀をした。


「……はい。」

鶫は小さく、しかし確かな重みを持って頷いた。

そして、彼女の心の中に、ある種の冷徹で、それでいて純粋な決意が芽生えていた。


あの四人と自分は、全く別の個体であり、歩んできた人生も、これから歩むはずだった時間も違う。

だからこそ、「あの四人の分まで自分が生きる」などという、美辞麗句で飾られた思いを抱くことはなかった。

それは、死者の生を勝手に肩代わりするような、どこか傲慢な行為に思えたからだ。


死者は死者として、その運命を全うしたのだ。

縁あった者たちの「死」という剥き出しの事実を知り、その重みさえも自分の人生の一部として引き受ける。

だが、自分はあくまでも「音無鶫」という、たった一人の人間として生きていくのだ。


「私は……この生を、この命を……私のものとして引き受けて、生きていくんだ」


誰に聞かせるでもなく、鶫の唇から自然と言葉が溢れ出した。

それは悲しみでも、怒りでもない。

この過酷な世界で、自らの足で立ち続けることを選んだ、一人の少女の魂の産声であった。


---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。