第八十八章:彼岸への滑落と、此岸の祈り
スッ、と無機質な音を立てて、閻魔は手元のタブレット端末をカウンターの上へと滑らせた。
画面には大手ニュースサイトの速報記事が映し出されており、その刺激的な見出しを目にした瞬間、鶫の息が止まった。
「……っ!? これ、は……」
驚愕に目を見開く鶫の視線の先には、かつてあの施設で共に時を過ごした4人の男たちの名――笠原慎介、智弘、美馬義彦、そして清水翼の名が、残酷な事実と共に刻まれていた。
記事によれば、彼らは人里離れた山中で滑落し、全員が死亡したという。
警察が彼らのスマートフォンを解析したところ、そこには「祝勝会」と銘打たれた計画が残されており、過酷な「死者選定」を生き抜いた者同士、山頂で祝杯を挙げるつもりだったことが記されていた。
また、現場の状況から、登山中、不運にも急な雷雨に見舞われたことが判明している。
泥でぬかるんだ足場に足を取られ、4人は連れ立つようにして崖下へと転落したのではないか、と推測されていた。
偶然にも、雨宿りをしていた別の登山パーティのすぐ近くに落下したため、物音に気付いた人々によって即座に通報されたが、搬送先の病院で4人全員の死亡が確認されたとのことであった。
「……皮肉なものですね。自分たちだけが勝ち残ったと豪語し、悦に浸っていたあの4人が、結局は揃って『彼岸』へ旅立ってしまったのですから。ま、行き先は地獄で確定でしょうがね。」
閻魔は冷え切った珈琲を飲み干すような冷淡さで、そう吐き捨てた。
「そんな……あんなに喜んでいたのに、こんな、あっけなく……」
鶫は言葉を失い、ショックを隠しきれない表情で画面を凝視し続けた。
施設を出れば、当然のように続くと思っていた彼らの「その後」が、あまりにも唐突に、そして呆気なく断ち切られたことに、頭の整理が追いつかない。
その時、カウンターの奥で静かに話を聞いていた彼岸――此岸真観が、そっと掌を合わせた。
「……南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……。」
静謐な、しかし芯の通った念仏が店内に染み渡っていく。
鶫も弾かれたようにそれにならい、震える手を合わせて、消え入るような声で共に念仏を唱えた。
死を弄んだ者たちであっても、失われた命の重みを前にして、祈らずにはいられなかった。
「鶫さんは、特にあのクソガキ……翼さんから、取り返しのつかないほどの酷い目に遭わされてきたというのに。それでも、そんな奴のために手を合わせてあげるのですね。」
閻魔は瞳を僅かに和ませ、感銘を受けたかのように微笑んだ。
「……確かに、ずっといじめられていて、許せないこともたくさんありました。でも、生きてさえいれば……。いつか自分の過ちに気付いて、更生したかもしれない。そんな道も、あったかもしれないのに……。」
鶫の声は微かに震えていた。
「まあ、未来がどうなるかなんて誰にも分かりませんし、その可能性も万に一つはあったかもしれませんが。私に言わせれば、更生の望みは限りなく薄かったとは思いますがね。」
閻魔はそう言いながら、どこか遠くを見つめるような眼差しをした。
死んだはずの彼岸と再会し、幸せな日常を取り戻したことに歓喜していた矢先。
無事に生還したはずの5人のうち、幸子を除く4人が、揃いも揃ってこの世から消えてしまった。
鶫は、自らの内に渦巻く、上手く言語化できない不思議な「縁」の恐ろしさと奇妙さに、ただただ圧倒されていた。
それは此岸に残された者と、彼岸へ連れ去られた者の、決定的な境界線を突きつけるかのような出来事であった。
---




