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死者選定  作者: 修羅観音


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第七十九章:新生の産声と、重なる微笑

タブレット端末の向こう側で、閻魔は静かに、しかし有無を言わせぬ重みを持って言葉を継いだ。

「さて、鶫さん。今回の転居に伴い、今の学校へ通うのは物理的にも距離がありますし、何より精神的に骨も折れる事でしょう。そこで、別の学校への転校もこちらで手配出来ますが、如何致しますか?」

その提案は、忌まわしい過去との訣別を促す、最後にして最大の慈悲のようであった。


鶫は一瞬だけ、かつて自分を虐げた者たちの顔を思い浮かべたが、すぐにその未練を振り払うように顔を上げた。

「……では、新しい学校で、新しく始めます。何から何まで、本当に有難う御座います。」

彼女は画面の閻魔に向かって、深く、長く、心からの感謝を込めてお辞儀をした。


「分かりました。では、学校も新天地と言う事でこちらで進めておきます。これで、私からの全ての説明は終わりです。」

閻魔の声には、一つの大きな仕事を終えた後のような、微かな充足感が漂っていた。


「あの、閻魔さん。幸子さん達は、その、無事に帰られたんですか? 翼君に、慎介さん、智弘さん、義彦さんも……。」

鶫の問いに、閻魔は仮面の下で目を細めたような気配を見せた。

「あの医務室へ行ったのは、あなたが最後です。因みに、医務室で渡したあのスポーツドリンクには、強力な睡眠導入剤を入れてありました。あなたがそうだったように、他の連中も一度ぐっすりと眠りました。施設の場所自体を秘匿するために経路を覚えられないよう、道中では眠って貰うのが我々のルールですからね。ここに来る際も、そうだったでしょう?」


閻魔の言葉に、鶫は意識の底に沈んでいた記憶を鮮明に呼び起こした。

あの日、音無家で全ての家事を終えた後、珍しく叔母が淹れてくれたお茶。

それを口にした直後、抗いがたい睡魔に襲われ、次に気が付いた時には、どこかもわからない荒野にそびえ立つ、あの漆黒の巨大な施設へ向かう装甲バスの中だった。


「他の連中については、鶫さんが気にする事はありません。今はこれからの自分の人生をどう生きるか、それだけを考えると良いんじゃありませんかね。」

閻魔の言葉は、冷徹ながらも彼女の背中を優しく押す、確かな教えとして響いた。


「はい。」

鶫は力強く頷いた。


施設で閻魔と面会した際、幸子が診断を終えた後に無事に帰ったと聞いていた。

そして、自分が医務室へ呼ばれた最後の一人だとも聞いた。

ならば、他の連中も自分より先に診断を終えてから自由を手にし、意気揚々としてそれぞれの場所へ帰って行ったのだろう。

もはや、彼らと交わる運命はどこにも残されていないのだと、彼女は静かに理解した。


「彼岸さんには、これからその喫茶店の仕事を担当して貰います。鶫さんは確か、以前はファミレスの厨房でのアルバイトと新聞配達をしていましたよね? 転居に伴い、以前のアルバイト先に通うのも難しいでしょうから、もしもバイトがしたかったら、その喫茶店で雇いますよ。」

その予期せぬ申し出に、鶫は驚きと共に、胸が熱くなるのを感じた。


「あ、それなら……ぜひ、お願いします!」

彼女は勢いよく頭を下げた。

尊敬する彼岸と共に、穏やかな琥珀色の空間で働ける。

それは彼女にとって、何物にも代えがたい「救い」そのものであった。


「わかりました。では、そのように手配しましょう。私からの話は以上です。それでは、また。」

「ピッ」という無機質な電子音と共にモニターが消え、タブレットは黒い静寂を映し出した。


傍らで珈琲を飲み終えた男女のスタッフも、満足げな溜息を一つ吐くと、スッと椅子から立ち上がった。

「それでは、失礼します。」

二人は短い挨拶と共に丁寧にお辞儀をして、流れるような動作で喫茶店を後にした。


「カランコロン」と、扉の鈴が乾いた音を立てて鳴り、店内に再び静寂が戻る。

午後の柔らかな光が差し込むカウンターの中で、鶫と彼岸は、どちらからともなく顔を見合わせた。


地獄を潜り抜け、死を越え、再び出会った二人の瞳に、言葉を超えた万感の思いが込み上げる。

やがて、その表情には春の陽だまりのような温かな笑みが広がり、二人は鏡合わせのように、静かに、そして深く微笑み合った。


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