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死者選定  作者: 修羅観音


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第七章:魂の生産性と、少女の咆哮

殺伐とした空気の中、彼岸が再び珈琲の準備をするために静かに立ち上がると、鶫もまた、その背中を追うように弾かれたように駆け寄った。

「あ、御手伝いします。」


「有難う御座います、助かります。鶫さんが手伝って下さると、香りもより良くなる気がしますねえ。」

彼岸は、荒れ狂う嵐の後のような食堂で、ただ一人だけ時間が止まっているかのような穏やかな笑顔でお礼を言った。


二人は手際よく豆を挽き、丁寧にドリップを行い、再び琥珀色の液体が満たされたポットを用意する。

戻ってきた二人が、何とか怒りを沈めた一同のカップにおかわりを注ぎ、後は各自が好きな時に飲めるよう、テーブルの中央にどっしりとしたポットを置くと、不自然なほどの静寂が広がった。


「鶫ちゃんのプロフィールを読ませてもろたけど、本当に不遇の人生みたいやしね。こんな場所に連れて来られたのも、不運としか思えへんわ。あんたは『選定』の対象からは外しとくから、安心しとき。」

村井幸子が、サンドイッチの最後の一片を口に放り込みながら、どこか同情を装ったような笑みを浮かべて言い放った。


「それはどうも。」

鶫は、その言葉の裏にある「音無鶫は情け深い人間だ」という自己満足を見透かしたように、短く、冷淡な言葉だけを返した。

彼女にとって、見ず知らずの他人の同情ほど、価値のないものはなかった。


「……ま、俺もまだまだ未来ある若者なんだからさ。この国を支えるためにも、生きるべきだよな、やっぱり。」

清水翼が、ニヤニヤとした卑屈な笑みを浮かべながら、周囲の顔色を窺うように呟いた。


その言葉を引き継ぐように、智弘も自分の髪を弄りながら、同意を求めるような視線を投げかける。

「そうだよ。俺もまだ20代だし、これからの可能性を考えたら、やっぱり年上の人間から対象にすべきじゃないのか? 社会的なコストを考えたって、それが合理的だろ。」


「智弘君よ、それは儂から死ねって言いたいんか? それに、翼君やったな、あんた、自分のいじめの過去を棚に上げて何を言うとる。人をおもちゃのように扱う最低な奴こそ、『選定』されるべきやないんか?」

美馬義彦が、重々しい声で翼を鋭く睨みつけた。


成功者として君臨してきた老人の放つ威圧感に、翼は一瞬だけ怯んだような顔をしたが、すぐに取り繕うように、わざとらしい笑顔を作った。

「反省してるって。もうここを出たら、鶫のこともいじめねえから。なあ、鶫? 俺たち、同じ学校の仲間だろ?」


「信用できるかいな。あんたみたいな口先だけのガキが、一番あてにならへんわ。」

幸子が吐き捨てるように言い、翼の浅薄な言い訳を切り裂いた。


そんな醜い責任の押し付け合いが続く中、それまで黙って珈琲を見つめていた笠原慎介が、濁った瞳を彼岸へと向けた。

「なあ、彼岸さんといったかな。あんた、さっきから笑って黙っているが……プロフィールには「彼岸」としか書かれていないから本名もわからず、どこの誰とも知れない。正直、あんたのその余裕な面構え、気持ち悪いぞ。」


慎介の言葉に、鶫は目を見開いて彼を射抜くように見据えたが、慎介は止まらなかった。

かつて詐欺コンサルで他人を裁き、格付けしてきた傲慢な癖が、極限状態で再び首をもたげていた。


「彼岸さんのプロフィールには、それなりに苦労してきたようなことが書かれていた。だが、苦労なんて誰だってしているし、特筆するような事じゃない。言ってしまえば平々凡々だ。いてもいなくてもわからないような、どこにでもいるような、代わりのきく人間でさ。」


慎介は鼻を鳴らし、彼岸の存在そのものを否定するかのように、冷酷に言葉を重ねる。

「なあ、彼岸さん。あんたはこの先の未来を生きて、一体何が出来るんだ? 何か社会に貢献できるような、特別な価値でもあるのか?選定されずに生き残る価値があると証明できるのか?」


問いかけられた彼岸は、相変わらず穏やかな笑顔を絶やさず、静かに、そして淀みなく答えた。

「何が出来ますかねえ。一寸先は闇と申しますから、即答しかねます。ただ、今この瞬間の珈琲が美味しいことだけは確かですよ。」


「話にならんな。答えを持っていないということは、価値がないということだ。あんたを観ていると、生産性が無いのが丸わかりで、この中で生かしておくべき価値があるとは到底思えない。」

慎介が勝ち誇ったように鼻で笑った。

自分の優位性を確認するように、他人の命を「生産性」という物差しで測るその浅ましさに、食堂の空気は凍りついた。


しかし、その沈黙を破ったのは、誰よりも大人しく、目立たないはずの少女であった。

「……そんな言い方、酷過ぎます!」


鶫がガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。

細い肩を震わせながらも、その瞳にはこれまでに見せたことのない強い意志の光が宿っていた。


「彼岸さんは、とても素晴らしい方です! その、まだ今日会ったばかりで、私もよく知らないけれど……そんな気がします! 少なくとも、自分のことしか考えていないあなたたちより、ずっと優しくて、温かい人です!」


鶫の突然の咆哮に、慎介も、他の5人も、一様に言葉を失って呆然とした。

いじめられ、奪われ、虐げられ続けてきた少女が、初めて自分のためにではなく、他人の尊厳を守るために剥き出しの感情を爆発させたのである。


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