第六章:毒を食む対話と、静寂の給仕
食後の余韻を愉しむはずの珈琲の香りが、室内の熱を帯びた悪意によって、次第に焦げ付いたような不快な匂いへと変わっていく。
漆黒のカップに注がれた褐色の液体を一口含んだ清水翼が、獲物を定めるような冷酷な瞳で円卓を見回した。
「なあ、誰が一番、この中で死んだ方がいいと思う?」
その言葉は、穏やかだったはずの食卓に、抜き身のナイフを突き立てるような凶悪な響きを持っていた。
「ちょっと、突然何を言い出すの……?」
鶫が小さく震える声で嗜めようとしたが、翼はそれを鼻で笑い飛ばし、椅子をガタリと鳴らして彼女を威圧した。
「うるせえよ、鶫のくせに生意気だぞ? いつから俺に意見できるようになったんだよ、あぁ?」
翼の拳が机を叩こうとしたが、その間には、穏やかな笑顔のまま珈琲を啜る彼岸が、岩のように泰然と座っている。
鶫は、翼が自分に手を出せない絶妙な位置に彼岸が座ってくれていることに気づき、言葉には出さず、心の中で静かに彼への感謝を捧げた。
「なあ、慎介さんだっけか。あんた、詐欺してたんだよな?」
口火を切ったのは、智弘だった。
彼は手元のプロフィール冊子を指先で叩きながら、嘲笑を隠そうともせずに笠原慎介を睨みつけた。
「犯罪者なんだから、あんたみたいな奴がいなくなった方が世の為じゃないの? 善良な市民から金を巻き上げるようなゴミは、ここで消えちまえばいいんだ。」
「な!? 僕は詐欺なんてしていない!」
慎介は顔を真っ赤にして立ち上がり、激しい口調で反論した。
「確かに多少は強引なビジネスをしたことはあるかもしれないが、警察に捕まったことは一度もないんだ! 犯罪者扱いなんて、明らかな名誉毀損だぞ!」
そして、彼の反撃はそこで止まらなかった。
「君だって、エロ漫画を描いてまぐれで当たっただけのくせに、いきなりコンサルなんかやり出して多くの人を傷つけまくってたとプロフィールに書いてあったじゃないか! 金だけむしり取ったら後は適当に放り出して、他人を見下して反感買いまくってるくせに、よくそんな偉そうなことが言えるな!」
「それは慎介さんもだろうが! 人の事言えるかよ、特大のブーメランだろ!」
智弘が身を乗り出して怒鳴り返し、二人の醜い言い争いが食堂に響き渡る。
そこに、眉間に深い皺を刻んだ美馬義彦が、重々しい声で割って入った。
「やめえや、みっともないなあ。ええ大人が揃いも揃って、何を喚いとるんや。」
「あんただってそうだ、義彦さん。」
智弘の矛先は、瞬時に老経営者へと向けられた。
「就職活動中の学生を散々に弄ぶようにいたぶって、最後に勝ち誇ったような顔で『就職活動のアドバイス欲しいか?』なんてどや顔で言ってさ、あんたの過去のダサい様子がきちんと書いてあるぜ?みっともないし、最高にダサいね。俺はあんたみたいな老害にだけはなりたくないよ。」
「なんやと、この青二才のひよっこが……!」
義彦はこれまでの人生で受けたことのない侮辱に激昂し、血管を浮き上がらせて智弘を睨みつけた。
「男連中はみっともないな! あんたら全員まとめて『選定』された方がええんとちゃうの?」
村井幸子が、嘲笑を浮かべながら冷ややかに言い放った。
「部屋にあったプロフィールを観たけど、あんたら全員悪いことしとるやん。自分勝手で、他人のことなんか何とも思ってへんような奴らばっかりや。」
「おばさんだって、職場で煙たがられてるくせに。」
翼がニヤニヤと笑いながら幸子を挑発すると、彼女の顔面が怒りで歪んだ。
「なんやて!? 生意気なクソガキやな! それと、おばさんやあらへんやろ、幸子さんって言い! あんたかて、鶫ちゃんのことをいじめ倒してるって書いてあるやん。しょーもない事しよってからに! あんたが死んだら、少なくとも鶫ちゃんは救われるんやから、あんたを選定したろか!」
「何だと、このくそババア!」
翼が激昂し、椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。
今にも暴力が爆発しそうな、張り詰めた極限の緊張感。
その時、それまで静かに騒動を眺めていた彼岸が、まるで春風のような軽やかさでスッと立ち上がった。
「珈琲のおかわりを入れましょうか。」
何事も無かったかのように、聖者のような穏やかな笑顔を浮かべて、彼岸はポットを手に取った。
そのあまりに場の空気とかけ離れた、場違いなまでの静かな一言に、殺気を放っていた一同は毒気を抜かれたように立ち尽くした。
彼岸は、怒りに震える翼や幸子の顔を一人ずつ見つめながら、優しく、それでいて拒絶を許さないほどの丁寧な所作で、空になったカップに褐色の液体を注ぎ始めた。




