第五章:毒なき晩餐と、死を忘れた咀嚼
白磁のテーブルには、鶫と彼岸が丹精込めて作り上げたサンドイッチが整然と並べられた。
耳を切り落とした白いパンに、瑞々しいレタスとハム、そして黄金色の卵が美しく収まった皿が、一人ひとりの前に置かれている。
それだけでは足りない者のために、中央には予備のサンドイッチが山盛りにされた大皿が鎮座し、食欲をそそる香ばしい匂いを放っていた。
「熱いうちにどうぞ。珈琲も淹れましたから。」
彼岸は、慣れた手つきで全員分の珈琲をカップに注ぎ始める。
鶫もそれを手伝い、それぞれの席の前に静かに置いてから、ようやく自分たちの椅子へと腰を下ろした。
湯気と共に立ち上る珈琲の深い香りが、殺伐としていた食堂の空気を一瞬だけ和らげる。
すると、彼岸が椅子の上で背筋を正し、静かに目を閉じて両手を合わせた。
「われここに食をうく、つつしみて天地の恵みと人々の労を謝し奉る」
凛とした、しかし温かみのある声が静まり返った食堂に響き渡る。
彼はそのまま、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……と、一定の充足感を持って十回の念仏を唱えた。
「御光のもとにて感謝して頂きます」
最後にもう一度、深々とお辞儀をする彼岸の姿に、鶫も戸惑いながらも慌てて手を合わせ、その所作を真似た。
「えっと、御光のもと感謝して頂きます」
鶫が小さく頭を下げて挨拶を終えると、隣でその様子を眺めていた清水翼が、堪えきれないといった様子で鼻で笑った。
「なんだそりゃ? 坊主の修行かよ。」
翼は「頂きます」の言葉も発せず、無造作にサンドイッチを掴み、野蛮な勢いで頬張り始めた。
彼の無作法な振る舞いに、他の参加者たちも堰を切ったように、次々と目の前の食事に手を伸ばしていく。
「頂きますくらいしなさいよ。」
鶫は小さく溜息をついて翼を嗜めたが、彼は聞く耳を持たず、口いっぱいにパンを詰め込んで咀嚼を続けている。
鶫は諦めたように自分もサンドイッチを手に取ると、親戚の家で身につけざるを得なかった、音を立てない上品な所作で一口ずつ食べ始めた。
「美味いな、これ。コンビニのやつより全然いい。」
笠原慎介が、一時はタワマンに住んでいた頃の美食を思い出したのか、目を細めて感心したように声を上げた。
今の彼にとっては、スーパーの廃棄寸前の値引き弁当が主食だっただけに、出来立てのサンドイッチの味は五臓六腑に染み渡るようであった。
「こんな物騒な企画に放り込まれたんだ、美味いもんでも食わないとやってられないよ。」
智弘は、青ざめていた顔に僅かに血色を取り戻しながら、強気の姿勢を崩さずに二つ目のサンドイッチを口に運ぶ。
誰が死ぬべきかという極限の心理戦を前にしても、生物としての食欲だけは正直に機能していた。
「食事が美味いのは有難い事や。死に際を汚すような真似はしたくないしな。」
美馬義彦は、人生の酸いも甘いも噛み分けてきた老経営者らしく、珈琲を一口含んでから静かに感想を漏らした。
人を切り捨ててきた彼の手も、今はただ、一切の毒がないことを確認するように、ゆっくりと食事を運んでいる。
「料理上手な女の子はモテモテでお得やで。ま、お得になれるのは、ここを出られたらやけどね。」
村井幸子は、皮肉めいた言葉を口にしながらも、二つ目のサンドイッチへと図々しく手を伸ばした。
彼女の自己中心的な性格は、この極限状態にあっても揺るぐことはなく、周囲の空気を逆なでするような発言を臆することなく放ち続ける。
そんな喧騒の中でも、彼岸だけは一切乱れることなく、穏やかな笑顔のまま、一切の音を立てずに綺麗な所作で食事を進めていた。
一切れのパンを愛おしむように咀嚼するその姿は、まるでこの場所が聖域であるかのような錯覚を抱かせる。
鶫は、黙々と咀嚼を続けながら、目の前の光景をどこか冷めた視線で眺めていた。
死を宣告された7人が、同じテーブルを囲んで穏やかにサンドイッチを食べているという、あまりにも奇妙で歪な食事風景。
美味しいはずの食事が、飲み込むたびに砂のように重く感じられ、彼女の胃の腑を静かに満たしていった。
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