第七十三章:地獄の幕引きと、隠された「報酬」
閻魔は、机に置いていた禍々しい仮面を再び手に取り、迷いのない所作で被り直した。
神々しいまでの美貌が漆黒の面に隠されると同時に、彼女は懐から無機質な端末を取り出して手早く操作した。
間もなく扉が滑らかに開き、先程のサングラスとスーツ姿の4人組が、機械的な足取りで部屋へと入って来る。
「鶫さんを医務室へお連れして下さい。」
閻魔の静かな指示に、4人は「畏まりました」と短く一唱した。
その声に応じるように、鶫はスッと、迷いのない足取りでソファーから立ち上がった。
「緊張状態の数日間でしたからね。肉体に異常をきたしている可能性も無きにしも非ず。もし異常があれば、しかるべき病院も手配します。」
閻魔はそう言い添えながら、自身もスッと立ち上がり、鶫に向かって右手を差し出した。
決別と、あるいは奇妙な親愛を込めた、握手の求めであった。
鶫は一瞬だけその手を見つめた後、差し出されたその白い手を力強く握り返した。
「拳の振り方を教わった手にしては、存外に優しい手ですね。」
閻魔の言葉に、鶫は仮面の下で彼女が僅かに微笑んでいるような予感を覚えた。
「私は、優しくなんてありません。でも、これからは優しくあろうと生きてみます。」
それは、彼岸の教えを胸に刻んだ彼女なりの、力強い生存宣言であった。
「良い心がけです……あ、そうそう。まだ私の本名をあなたに明かしておりませんが、もし次に会う事があれば、その時に名乗るとしましょうか。それを、明日を生きる目的の一つにでもしてくれれば幸いです。」
閻魔はそう言って、ゆっくりと手を放した。
「念頭に置いておきます。ただ、もうあなたの事は私の頭の中で『閻魔さん』でインプットされてしまいましたから。本名を教えて貰っても、結局そう呼び続けそうですけど。」
鶫がふっと、この場所に来て初めて見せるような柔らかい笑みを浮かべると、閻魔は一瞬だけ虚を突かれたように沈黙した。
「やっと私に笑顔を見せてくれました。この過酷な企画を担当して、私にとってもそれが最高の報酬です。それでは、善き人生を。」
閻魔はひらひらと手を振り、教え子を見送る教師のような仕草で、去り行く少女の背中を見つめた。
鶫が丁寧にお辞儀をしてから4人のスタッフに案内されて部屋を出ていくと、重厚な扉は冷徹な音を立てて閉ざされた。
一人残された閻魔は、再びソファーに深く座り直し、手元のコントローラーで壁一面のモニターに電源を入れた。
パッと光が灯ったモニターの一つには、どこかの閑静な住宅街にある家屋が、内部からの凄まじい爆発によって無残な瓦礫の山と化している光景が映し出されていた。
黒煙が立ち上り、救急車やパトカーのサイレンが遠くから響き渡る。
そして別のモニターには、今し方部屋を出て、4人のスタッフに連れられながら静かに廊下を歩む鶫の姿が映し出されている。
閻魔は、燃え盛る家屋の映像と、前を見据えて歩く少女の姿を交互に眺めながら、仮面の下で独り言を零した。
「……これを報酬の一つと言えば、彼女は気分を害するかもしれませんがね。ま、報酬は他にも幾つか用意しているから、良しとしましょう。」
冥府の主は、そう呟いて深く背もたれに体を預けると、闇に消えていく少女の歩みを、最後まで見届けるようにじっと見つめ続けていた。
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