第七十一章:美貌の深淵と、不適合の刻印
パチッ、と静謐な空間に留め具の外れる乾いた音が響いた。
閻魔はゆっくりと、まるで儀式を執り行うかのような厳かさで、その禍々しい仮面を顔から引き剥がした。
コトッ、と微かな音を立てて、数多の死を見届けてきた無機質な面がガラステーブルの上に置かれる。
露わになった彼女の素顔には、天界の女神か、あるいは慈愛に満ちた天使を彷彿とさせるような、この世の者とは思えないほどに美しい微笑が浮かんでいた。
その完璧すぎる造形は、ここが死を司る冥府の入り口であることを忘れさせるほどに神々しく、観る者の時を止めるほどに非現実的な輝きを放っている。
「この仮面の下にある私の素顔に対して、率直な第一印象は?」
閻魔は僅かに首をかしげ、いたずらっぽく、それでいてこちらの魂の深淵までを見透かすような理知的な瞳で問いかけた。
ドクン、と鶫の心臓が一度大きく脈打つ。
これほどまでの美貌を前にして、言葉を失わない人間など、この世には存在しないだろう。
「……美しい、と感じます。」
鶫は震える吐息を漏らすように、偽らざる本心を口にした。
「有難う御座います。そう言って頂けると光栄です。ですが私から見れば、鶫さんも非常に整った顔立ちをされている、将来が楽しみな美人顔の美少女ですよ。」
閻魔はそう言って、冬の朝に咲く花のような、透明感に満ちた笑みを見せた。
「先程申し上げた通り、私はあなたという人間のその気高い魂を尊敬しているし、私個人としてはあなたの事がとても好きです。だから、こうして一人の人間として、あなたと仲良くなりたくてね。」
閻魔は、まるで親しい友人に胸の内を明かすかのような、穏やかで柔らかなトーンで言葉を継ぐ。
「仲良くなりたいと言いながら、私だけが素顔を隠したまま、一方的にあなたの顔を見ていると言うのは、あまりにもフェアじゃないでしょ?」
その態度はどこまでも真っ直ぐで、理知的な気品と、隠しきれない威厳に満ちている。
「……律義、なんですね。」
鶫は僅かに毒気を抜かれたように、独り言のように呟いた。
「鶫さんは、私と仲良くなってくれますか? それとも、やはりこの場所にあなたを連れてきた私を、最後まで嫌いますか?」
閻魔の問いは、純粋でありながら、逃れようのない重みを伴って部屋の空気を震わせた。
鶫は視線を落とし、自らの内にある、泥のように濁った複雑な感情を懸命に整理するように沈黙をしてから応える。
「今は、どちらでもありません。あなたが政府側の人間で、ただの仕事として今回の凄惨な企画を担当しているだけなのだという事は、頭では理解しているつもりです。でも、やはり……こんな理不尽な企画さえ存在しなければ、彼岸さんは今も……。」
鶫はそこで言葉を詰まらせ、喉の奥から込み上げる悔しさを押し殺すように唇を強く噛み締めた。
「私が、彼岸さんを殺したと思っているのですね。」
閻魔の声から先程までの華やかさが消え、研ぎ澄まされた刃物のような鋭利な冷徹さが戻る。
「……殺したのは、あなただけじゃありません。上手く言葉には出来ませんが、この国全体が、社会そのものが彼を消したのだと考えています。」
鶫は顔を上げ、閻魔の吸い込まれるような瞳を真っ直ぐに見据えた。
「彼に死を突きつけた5人の人たちだけでなく、このような非人道的な事を行う政府を作り上げた国全体、そしてこの企画を実行に移すような人間達に票を投じた人々、そして何より、止められなかった無力な私……。とにかく、その巨大な悪の連鎖の中で、あなた一人だけが絶対的な悪だとは、今の私には断定出来ません。」
「やはりあなたは頭がいい、賢い子ですね。学校での勉強が出来るという意味でも、物事の本質を捉える思慮深き者という意味でも。」
閻魔は、感銘を受けたような、どこか誇らしげな笑みを作った。
「あなたは勇敢にも、あの中間選定においては『選定しない』という、システムの根幹を否定する選択をした。そして最終選定では自分の名前を書き、尊敬する彼岸さんの身代わりになってまで救おうとした。とても胆力があり、そして恐ろしいほどに賢い。だからこそ……。」
閻魔は一度、そこで言葉を区切り、部屋を支配する冷たい静寂を強調させた。
「あなたも、この死を娯楽とする企画において不適格であり、全くもって相応しくありません。あなたは、この企画において致命的に不適合者です。」
閻魔はそう言い放つと、まるで最高級の宝石を鑑定し終えた蒐集家のような、どこか満足げで、それでいて複雑な眼差しを鶫へと向けた。
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