表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死者選定  作者: 修羅観音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/84

第六十九章:託された絆と、琥珀色の記憶

幸子の手作りサンドイッチを最後の一切れまで丁寧に咀嚼し、鶫は静かに合掌した。


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

十回の念仏を称える声に、幸子の少し低く、湿り気を帯びた声が重なる。

二人の祈りが狭い自室に溶け込み、見えない彼岸の存在が、今もすぐ側で見守っているかのような錯覚さえ抱かせた。


「御馳走様でした。」

鶫が静かに告げると、幸子も深く息を吐きながら、空になった皿を愛おしそうに見つめた。


「アタシ、この先ずっと、頂きますと御馳走様をする時、ここでの事を思い出すやろな。嫌でも、あの人の横顔が浮かんでくるんやわ」

幸子の瞳には、消えることのない「罪」の色彩が宿っている。


「……絶対に忘れたらあかんことや。彼岸さんの名前を書いてしもうたっちゅう、この罪悪感だけは……一生、この胸に刻んでおかなあかん。誰のせいでもない、アタシ自身が選んだ道なんやから。全部自分事として、一生かけて償わんとね」

自分に言い聞かせるように、噛み締めるように語る幸子の背中は、昨日よりもずっと小さく、けれど一人の人間としての確かな重みを纏っていた。


その時、「ブゥンッ!」という電子音と共に壁のモニターが独りでに灯り、閻魔の仮面が冷徹に映し出された。

「朝食は済んだようですね。それでは、幸子さんは速やかに自分の部屋へ戻ってください。帰還の準備を開始します」


「……はい。分かりました」

幸子は促されるままに立ち上がったが、部屋を出る直前、意を決したように鶫の方へと向き直った。


ギュッ……!

幸子は、鶫の細い体を力いっぱい、折れんばかりの勢いで抱きしめた。


「鶫ちゃんの事も、アタシは絶対忘れへんから。……こんなええ子が学校でいじめられてるって、そんなんおかしいわ。無理せんと逃げてもええし、もし闘うって決めるんなら、アタシも協力する。絶対に力になるって約束するからね」

幸子の温かな体温と、微かな震えが鶫の肌に直接伝わってくる。


「京都に来たら、いつでも会いにおいで。アタシの勤め先とか、住んどるところ、今教えとくさかいに……」

幸子は鶫の耳元に唇を寄せ、周囲に悟られないよう、切実な響きで自らの住所、勤務している店、そして連絡先の数字を一つひとつ、刻み込むように囁いた。


「有難う御座います。私も、幸子さんの事は生涯忘れませんから」

鶫もまた、幸子の背中に手を回し、その温もりを心に焼き付けた。


二人はゆっくりと抱擁を解き、互いの瞳に宿る決意を確認し合うと、幸子は「ほなね」と短く、けれど慈愛に満ちた声を残して部屋を後にした。


一人残された部屋で、モニターの中の閻魔が再び口を開く。

「後ほど、鶫さんにもスタッフをよこしますから、それまで部屋で待機していてください。シャワーを浴びたり、身辺整理をする時間は十分にあります」


「プツン」という音と共に画面が消え、室内に再び静寂が戻った。


鶫はデスクに座り、先ほど耳元で囁かれた幸子の個人情報を、何度も、何度も頭の中で反芻した。

京都の住所、店の名前、11桁の電話番号。

それは、地獄のようなこの場所で手に入れた、未来へと続く確かな糸口であった。

彼女は目を閉じ、暗闇の中にその情報を固定するように深く意識を沈める。


彼岸に救われた命を、今度は幸子との絆という錨でこの世界に繋ぎ止めるために、鶫は一文字の漏れもないよう、その言葉を魂の奥底へと刻み込んでいった。


---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ