第六十五章:残響の熱狂と、仮面の真実
閻魔は組んでいた足を解き、椅子の背もたれに深く身を預けた。
「さて、聞きたい事はこれくらいでして、話は以上です。麻酔でたっぷり眠った後でしょうが、今日はもうゆっくりとお休み下さい。スタッフが部屋までお連れします。以前の部屋ではなく、あなたのために用意した新しい部屋です。それでは、おやすみなさい」
その声は事務的ではあったが、どこか深い敬意が混じっているようにも聞こえた。
「それでは、おやすみなさいまし。色々と御配慮賜り、有難う御座いました」
彼岸は穏やかな笑顔を崩さず、流れるような所作で立ち上がると、いつものように静かに掌を合わせて合掌し、深々とお辞儀をした。
彼が出口の扉まで歩いて行くと、控えていた4人のサングラスとスーツ姿の男達が、まるで重要人物を護衛するかのように丁寧に案内し、共に部屋を出ていった。
「カチリ」と重厚な扉が閉まり、完全な静寂が部屋を支配すると、閻魔はデスクに備え付けられたメインモニターの電源を入れた。
画面には、先ほど「彼岸の最期」としてライブ配信された映像のアーカイブと、それに対するSNS上の反応がリアルタイムで記録されていた。
タイムラインは、これまでにないほどの速度で更新され続けている。
「彼岸さんこそ生き残るべき人物だった」「死ぬべきなのはあの自己中心的な5人の方だ」「鶫ちゃんはなんて勇敢でいい子なんだ、可哀想すぎる」といった、彼岸への称賛と5人への罵倒、そして鶫への同情の声で溢れかえっていた。
大衆は、彼岸が最期まで貫いたあの気高い祈りの姿に、自らの倫理観を揺さぶられ、熱狂していた。
「死のエンターテインメント」を求めて集まった視聴者たちは、皮肉にも、命を投げ出してでも他者を守ろうとした「聖者」の姿にこそ、最高の充足を見出したのである。
閻魔はそれらのコメントを無機質な視線でしばらく眺めていたが、やがて興味を失ったかのように指先一つでモニターの電源を落とした。
青白い光が消え、暗転した画面には閻魔の仮面だけが虚しく映り込んでいる。
「ある意味、最高のエンターテインメントを演出してくれましたね、彼岸さん。……あなたが意図したかどうかは別として」
閻魔は独り言のように静かに呟くと、ゆっくりと席を立った。
そして、部屋を出る間際、彼女は自らの顔を覆っていたあの禍々しい「閻魔」のお面を、躊躇いなく外した。
誰にも見られていない、自分一人だけの空間。
仮面から解放された素顔に、室内の人工的な風がひんやりと当たる。
彼女はその柔らかな感触を確かめるように目を閉じ、一人の人間としての呼吸を深く整えた。
そうして、冥府の主としての役目を脱ぎ捨てた一人の女性として、静かな足取りで闇の中に消えていった。
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