第六十二章:選定の裏側と、奇妙なスカウト
重厚な沈黙が流れる中、閻魔は組んでいた足を解き、机上の資料を指先でなぞった。
「今回の人選……この企画に集められた人物たちが、どのように選ばれたかをお教えしましょうか。実は、彼岸さん以外の参加者は、すべて『推薦』があった者の中からランダムに抽出されたのです」
仮面の奥の視線は、この理不尽な遊戯の裏側に隠された、どす黒い真実を淡々と暴き始める。
「慎介さん、智弘さん、義彦さん、幸子さん、そしてあのクソガキ……もとい、翼さん。彼らは皆、外部から凄まじい恨みの声が上がっていた人物たちでしてね。過去のあくどい振る舞いや、他者を踏みにじってきた報いとして選ばれた5人なのです。はっきり言って、世間的には死んだところで『ざまあみろ』の対象です。もしこいつらが選定されていたなら、私は躊躇いも容赦もなく、本物の地獄へ叩き落としていたことでしょう」
閻魔の声は冷徹で、そこに情けの欠片もなかった。
「では……鶫さんは如何に? 彼女もまた、誰かの恨みを買っていたのですかな」
彼岸の問いに、閻魔は今日一番の深い溜息を吐いた。
「鶫さんは、彼女の親戚たちから推薦されました。10億円という大金に目が眩んだ彼らが、彼女をこの死地に売り飛ばしたのです。救いようがない強欲さ満開の親戚たちによって、鶫さんはここに来ました。本来なら、親戚達こそが死者として選ばれるべきだと個人的には思うところです。ですから、仮に鶫さんが選定された事態になっても、私はあなたの時と同じく麻酔だけで済ませるつもりでした」
「なるほど。それで、私だけが皆さんとは違う道筋を辿って、ここへ招かれたという事なのですな」
彼岸は納得したように、穏やかに微笑んだ。
「ええ。彼岸さん、あなただけは本当に、完全にランダムで選びました。推薦枠ではなく、国民名簿から純粋な確率論で抽出したのです。そうしたら、まさか企画の趣旨にこれほど真っ向から対立する不適合者を引き当ててしまうとは。今から宝くじでも買えば、一等に当選するかもしれませんね」
閻魔の自虐的な皮肉に、彼岸は「おやおや」と肩を揺らした。
「なんとも、ご期待に沿えませんで。不調法な男で御座います」
「確かに、企画の趣旨としては大失敗です。ですが……彼岸さん、あなたという人物と出会えた事には、心から感謝しているのですよ」
閻魔は椅子に深く背を預け、真っ直ぐに彼岸を見据えた。
その声には、先ほどまでの冷徹な響きとは異なる、確かな「信頼」の色が混じっていた。
「この数日間、あなたの振る舞いを観察してきましたが、あなたが徳を積んだ優れた人格者であることは明白です。信用も、信頼も、これ以上の人物はおりません。そこで、あなたをスカウトしたいと考えています。手始めに、政府御用達の食事処のスタッフとしての仕事を、あなたにお任せしたいのです」
「おや、それは有難い事で御座います。ただ、私は調理師免許や衛生管理士といった類の資格は持っておりませんが、そのような大役を頂いても宜しいのでしょうか?」
彼岸が殊更に謙遜することなく、実務的な懸念を口にすると、閻魔はあっさりとした口調で切り捨てた。
「そんなものは、勤務しながら取得してもらえれば結構です。そもそも、最初は資格がなくても法的に問題のない仕事からお任せするつもりですから、何も問題ありません。とにかく、あなたは企画の趣旨に100%合わない人物です。この企画で絶命することなど、万に一つもありません」
「左様ですか」
彼岸は、まるで夕飯の献立でも聞かされたかのような、淡々とした、しかし確かな受容を持ってその言葉を引き受けた。
自らの死が偽装され、新たな生への道が示されたというのに、彼の心は凪いだ海のように静かであった。
自分が自分事として、しかし同時に、流れる雲を眺める他人の出来事のようにも捉えている。
そんな彼岸の超然とした姿を、閻魔は仮面の奥から、どこか満足げに見守っていた。
---




