第五十七章:断絶の境界と、震える悔恨の灯火
時刻は20時を回った頃。
窓のないこの施設では、時間の経過は壁に刻まれたデジタル時計の数字だけでしか確認できない。
鶫は暗い部屋の中で、ただ膝を抱えて、網膜に焼き付いた「彼岸の最期」を幾度も反芻していた。
すると、静寂を破るように「コン、コン」と、遠慮がちな、しかし確かな重みを持ったノックの音が響いた。
「……はい」
鶫が掠れた声で短く応じると、扉の向こう側から、聞き覚えのあるしっとりとした女性の声が返ってきた。
「鶫ちゃん? もう寝てる? 幸子やけど……ちょっとええかな」
鶫は重い腰を上げ、眩しさに目を細めながら室内の電気をつけた。
扉を開けると、そこにはどこか落ち着かない様子で、廊下の冷たい空気に身を縮める村井幸子が立っていた。
彼女は鶫の腫れ上がった瞼と、幽霊のように青白い顔を見て、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「鶫ちゃんの夕飯が、食堂に用意されてへんかってな。もしかしたら、その……アタシらと顔を合わせたくないから、部屋に運ばれとるんかと思ったんやけど……。そのようすやと、晩御飯、まだ食べてへんのやろ?」
幸子の問いかけに、鶫は感情の抜け落ちた瞳で、ただ「……はい」とだけ短く返した。
「そっか……。やっぱりそうやんな。でもな鶫ちゃん、ご飯食べへんかったら倒れてまうよ。」
幸子は、まるで自分の娘を諭すような、湿り気を帯びた慈愛の籠もった声で続けた。
「今はもう、あの男4人は部屋に戻って食堂にはおらんさかい。おばちゃんと一緒に食堂行かへん? 無理にとは言わんけど、その……アタシも、鶫ちゃんと話したいことがあるんや。それに、こんなとこに一人で閉じこもってたら、余計に気が滅入るやろ?」
幸子の視線は泳いでいたが、その言葉には、自分たちの選定によって一人の男を死に追いやったことへの、消しきれない後ろめたさが滲んでいた。
「アタシはな、鶫ちゃんのことが心配なんや。そやから……ね? もしも誰か他の人が入ってきても、アタシが責任持って追い返したるから。ゆっくり二人で、何かお腹に入れよう」
幸子は鶫の細い手首にそっと触れた。
その掌は温かかったが、以前よりもずっと弱々しく、頼りなく震えているように鶫には感じられた。
鶫は、このまま暗闇の中にいれば、自分の心まで真っ黒に染まってしまいそうな恐怖を感じていた。
「……はい」
蚊の鳴くような声でようやく答えると、鶫は幸子に導かれるようにして、静まり返った廊下を食堂へと歩き出した。
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