第五十六章:空虚な黄昏と、断絶の誓い
重く湿った瞼をゆっくりと押し上げると、視界に飛び込んできたのは無機質な天井の白さであった。
ぼんやりとした意識の混濁が徐々に晴れ渡るにつれ、鶫は自分が置かれているあまりにも残酷な現実を思い出す。
モニター越しに焼き付いた、あの彼岸という聖者が見せた、最期の瞬間。
静かに崩れ落ちた彼の姿を見届けた後、彼女は魂を削り取るような絶望感に襲われ、声を枯らして泣き続けた。
そして、そのまま抗いようのない疲労感に飲み込まれ、泥のように眠りについてしまったのだ。
「……いつの間にか寝ちゃってた」
カサついた声が、静まり返った部屋に力なく響く。
鶫は軋む体を引きずるようにして立ち上がり、ふと壁に備え付けられた鏡の前で足を止めた。
そこに映っていたのは、もはや自分とは思えないほどに荒れ果てた一人の少女の姿であった。
いつも丁寧に編み込んでいた三つ編みは無残に解け、乱れた髪が幽霊のように顔に張り付いている。
何よりも凄絶だったのはその顔だ。
狂ったように泣き叫び続けた代償として、両目は赤く腫れ上がり、視界が狭まるほどに浮腫んでいる。
「……酷い顔」
自嘲気味に呟くと、彼女は現実から逃れるようにバスルームへと向かった。
ザアザアと降り注ぐシャワーの熱い湯に身を委ね、こびりついた絶望の残り香を洗い流そうと試みる。
身ぎれいにしてから、着慣れてしまった黒のトレーナーとカーゴパンツに袖を通し、彼女は吸い寄せられるようにデスクへと座った。
ふと、デスクの端で正確なリズムを刻んでいるデジタル時計に目をやる。
カチッ、という微かな音と共に、時刻は「18時」ジャストを表示した。
昨日までは、この時間はまだトレーニングルームにいたはずだ。
夕刻の光が差し込む中で、18時くらいまで彼岸と共に汗を流し、息を切らしながらも充実した時間を過ごしていた。
19時前には食堂へ向かって彼岸と合流し、もし施設側からの食事が届いていなければ、二人で台所に立って簡素な料理を作った。
幸子と一緒に、賑やかにすき焼きの準備をしたこともあった。
その全てが、今はもう二度と手の届かない、遠い異世界の出来事のように感じられた。
今、食堂へ行けば、嫌でもあの五人と顔を合わせることになる。
彼岸を死へと追いやった元凶でありながら、自らの生存を謳歌し、笑い合っているであろう者達。
彼らの厚顔無恥な振る舞いや、罪悪感を塗り潰そうとする安っぽい会話を耳にすることを想像しただけで、鶫の胃の奥は焼け付くような不快感に支配された。
(……今は、あの人達と会いたくない。)
それに、とてもじゃないが、何かを胃に流し込もうという食欲など湧くはずもない。
鶫は、今日はこのまま、この狭い自室から一歩も外に出ないと決めた。
そして彼女は電気を消すと、闇の中に沈みゆく部屋で、独り、消えた光の残影を抱き締めるように膝を抱えた。
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