表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死者選定  作者: 修羅観音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/86

第五十四章:摂取不捨の残響と、最期の証言

静まり返った面会室で、四人のスタッフは彫像のように動かず、ただ一人の少女が絶望の淵で咽び泣く様を、無機質なサングラス越しに見守っていた。

彼らにとってこれは日常の業務に過ぎないのかもしれないが、その沈黙は鶫の孤独をいっそう際立たせていた。


やがて鶫は腫れ上がった瞼を指先で拭い、震える膝に力を込めてゆっくりと立ち上がった。

もはや流すべき涙が枯れ果てたのか、その瞳には悲しみを超えた、どこか透明な決意の光が宿っている。

彼女は背筋を伸ばし、四人のスタッフに先導されるようにして部屋を後にした。


自室に戻り、冷え切ったベッドに腰を下ろすと、まるで彼女の帰宅を待ち構えていたかのように壁面のモニターが鮮烈な光を放ち、閻魔の面が映し出された。


「これから、彼岸さんの最期をライブ配信します。食堂に集まっているあの自己中心的な五人の方々は、既におやつや飲み物を片手に見学の準備を整えておられます。あ、幸子さんは食欲がないのか珈琲だけですが……鶫さんはどうしますか? 部屋のモニターで視聴することも、あるいは何も見ずに目を閉じることも自由ですが」

閻魔の声には、他者の不幸を娯楽として消費する者たちへの微かな蔑みと、鶫への試すような響きが混じっていた。


「……ここで、見届けます。」

鶫は逃げることなく、真っ直ぐにモニターの閻魔を見据えて答えた。


「見ないという選択はしないのですね。凄惨な結末になる可能性もありますが、後悔はしませんか?」


「目を逸らしちゃいけない、そんな気がするんです。彼岸さんが命を懸けて教えてくれたことを、最後までこの目に焼き付けなきゃいけないという直感があるから。」

鶫の声は細かったが、そこには揺るぎない魂の震えが宿っていた。


「分かりました。では、ライブ映像に切り替えます。もし途中で耐えられなくなったら、いつでも私に声をかけなさい。」


画面が切り替わると、そこには殺風景な白い部屋が映し出された。

中央に置かれた椅子には、いつものように黒い作務衣を端正に着こなした彼岸が、静かに腰を下ろしている。


彼の前には木魚がしつらえられており、右手にはバチが握られていた。

左手は胸の前で、まるで仏像が印を組むように、あるいは静かに祈りを捧げるように合掌の構えを取っている。

死の影が色濃く漂うその場所にあって、彼岸の表情は驚くほど穏やかであり、その微笑みは慈悲そのもののようであった。


やがて、画面越しの彼岸が静かに唇を動かした。


「光明遍照、十方世界、念仏衆生、摂取不捨」


その声は、電子機器を通しているとは思えないほど深く、鶫の部屋の隅々にまで浸透していった。

光は遍く世界を照らし、念仏を称える者を決して見捨てず、その懐に収め取る。

その宣言を終えると同時に、バチが木魚を叩く「ポク、ポク、ポク」という一定のリズムが刻まれ始めた。


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

彼岸は延々と、淀みなく念仏を称え始めた。

それは死への恐怖を紛らわせるための叫びではなく、自らの命を宇宙の大きな流れに還していくための、清らかな儀式のようであった。


鶫はモニターに吸い寄せられるように、その姿を凝視し続けた。

白い部屋の中で、黒い作務衣を纏った彼岸の存在だけが、圧倒的な生命の密度を持って輝いて見えた。


---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ