第四十八章:安堵の仮面と、震える背徳
円卓の部屋を支配していたのは、一人の男を死の淵へと送り出した後の、濁りきった沈黙であった。
しかし、その静寂を破るように「カチリ」と電子ロックが解除される音が響き、鋼鉄の扉がゆっくりと左右に開かれた。
その瞬間、室内に閉じ込められていた濃密な死の気配が霧散し、5人の男女はどことなく重苦しい空気から解放されたことに、内心で深く胸をなでおろした。
自らの生存を確信した安堵が、罪悪感という重石を一時的に押し退けたのである。
一番に立ち上がったのは幸子であった。
彼女は、冷たい床にペタンと崩れ落ちて泣き続ける鶫のそばに歩み寄り、その細い肩を抱くようにしてそっと手を貸した。
「……鶫ちゃん、ほら。」
幸子が鶫を支えて立ち上がらせる。
そのすぐ横を、他の男4人が澱んだ風のように次々と通り過ぎていく。
翼は首の後ろで両手を組み、大きく深いため息をつくと、わざとらしく伸びをして見せた。
「あ~あ、やっと解放されたぜ! 朝飯が少なすぎたから、もう腹が減って死にそうだ。俺は食堂に行って、美味い菓子とドリンクバーで腹を満たしてくるわ!」
彼はまるで厄介な宿題を終えた子供のようにケラケラと笑い、意気揚々と食堂へ向かって歩き出す。
「あ、俺も行くよ。正直、御粥とか沢庵とか、あれだけじゃ全然足りなかったんだよな」
智弘も翼の言葉に同調するように笑い、その後ろを追いかけていく。
「全くだ。それに、緊迫した状況が続いていたから、僕も喉がカラカラだ。まずは冷たいものでも飲んで落ち着きたいね」
慎介もまた、冷静な仮面を取り戻しながら、自分を納得させるように笑って二人の後を追った。
義彦は、立ち尽くす幸子と鶫を「ちらり」と一瞥したが、そこにはかけるべき言葉も、共有すべき痛みもなかった。
彼は自らの経営者としての冷徹な判断が正しかったとでも言うように、黙って男たちの後を付いていった。
「アタシも、喉カラカラや。……鶫ちゃんはどうする? 一緒に何か飲みに行かへん?」
幸子が掠れた声で、鶫の顔を覗き込むようにして問いかける。
しかし、鶫は瞳に涙を湛えたまま、ただ黙って力なく首を横に振るだけだった。
「そっか……。ほな、アタシは食堂行くから。その……。気休めにもならんと思うけど、元気出しや?」
幸子は鶫の背中を、慰めるように優しくなでてから、男連中に遅れて食堂へ向かった。
扉へと向かう幸子の背中を見つめながら、鶫は先ほど自分の背中をなでて去っていった彼女の手の感触を反芻していた。
厚みのある掌から伝わってきたのは、かすかに、しかし確実に小刻みに震えていた事実であった。
「……幸子さんは、罪悪感はあるんだ。あの震えは、嘘じゃない」
鶫は、枯れ果てそうな声でポツリと呟いた。
一方で、廊下の先からは、翼たちの無神経な笑い声が響いてくる。
「……翼君達は、なんであんなに、笑ってられるの? 誰かが死ぬことが決まったばっかりなのに……それも、自分達が選んだ人が……」
鶫は、その問いに答える者は誰もいないことを知っていた。
独り言ちてもどうしようもないという虚脱感が全身を支配し、彼女は視界をぼやけさせたまま、とぼとぼと自室へ向かって重い足を動かし始めた。
---




