第四十七章:無常の旅立ちと、沈黙の檻
閻魔の声は、一切の温度を排した氷の刃となって、静まり返った円卓の間に突き刺さった。
「それでは、『最終選定』の結果、彼岸さんが選定されたと結論付けます。」
その無慈悲な宣告が下された瞬間、「ガコンッ!」という重厚な金属音を立てて、円卓の部屋の扉が左右に開かれた。
すると、ザッザッという重量感のある足音と共に、黒いスーツに身を包んだ4人の屈強な男たちが、機械的な足取りで室内へと踏み込んできた。
彼らは一様に漆黒のサングラスで視線を隠し、鍛え上げられた分厚い胸板が、逃れようのない物理的な暴力の威圧感を放っている。
死の使者の如き彼らの姿を確認すると、彼岸は「スッ」と音もなく立ち上がり、衣服の乱れを整えるように静かに背筋を伸ばした。
彼は一切の動揺を見せず、ただいつもの穏やかな微笑を湛えたまま、4人の男たちへと合掌してお辞儀をした。
そして、迷いのない確かな足取りで、男達が無機質に待ち構える出入り口へと歩みを進めていく。
「抵抗せずに、話が早くて助かります。無駄な体力の消耗は、死を前にしては滑稽でしかありませんからね。」
閻魔の声がモニターから淡々と響くが、その冷徹な言葉すらも、今の彼岸の清廉な空気には触れることさえできないようであった。
「彼岸さん! 待って、行かないで!」
鶫は悲鳴のような声を上げ、彼を連れ去ろうとする死の淵へと駆け寄ろうとした。
しかし、彼岸は歩みを止めることなく、スッと右の手のひらを優雅に掲げ、慈愛に満ちた笑顔で彼女の動きを制した。
その無言の圧力と、圧倒的な聖性に気圧され、鶫はそれ以上一歩も前へ進むことができず、ただその場に縫い止められた。
彼岸は出入り口の直前まで来ると、一度だけ静かに振り返り、鶫の泣き顔を真っ直ぐに見つめた。
その瞳は、深淵の如き静寂と、春の陽だまりのような温かさを同時に宿している。
「諸行無常。私と言う存在も無常の中において、何時か娑婆を離れて浄土に御迎え頂く日が御座います。娑婆にいる間に、こうして御縁賜りまして、とても嬉しゅう御座います。」
淀みなく、澄み渡るような声で最期の言葉を紡ぐと、彼は再び深く合掌してお辞儀をした。
そして、4人の男たちに囲まれるようにして、光の向こう側へと去っていった。
ガチャンッ!!
彼らが通り抜けた直後、扉は無慈悲な音を立てて閉ざされ、重厚な電子ロックの音が部屋に虚しく響いた。
鶫は弾かれたように我に返り、閉ざされた扉へと縋り付いて、狂ったようにノブに手をかけた。
「開けて! 開けてください! 彼岸さんを返して!」
何度も、何度も扉を叩き、激しく揺さぶるが、強固な鋼鉄の板はびくともせず、冷たい拒絶を返すのみであった。
「無駄ですよ。今扉を開けると鶫さんが面倒な事をしでかしそうだから、暫く扉は閉じておきます。こちらが適切なタイミングで開けますので、ご安心を。」
狂乱する鶫を見下ろすように、閻魔の声が再び部屋を支配した。
「選定した者として、最期まで見届けるまで帰れないと心得るように。それが、死者を選んだあなた達に課せられた義務です。もっとも、彼岸さんの名前を書かなかった鶫さんは対象外ですがね。」
閻魔の言葉は、残された5人と、彼岸を選定しなかった鶫にとっての呪縛となり、逃れようのない現実を突きつける。
「その時までは、引き続き施設内は自由に動き回って結構です。おやつも食べ放題、ドリンクバーで飲み放題だから、最後まで満喫すると良いでしょう。せいぜい、自分たちの選んだ『正解』の味を楽しんでください。」
冷酷な皮肉を言い残すと、モニターは「プツンッ」という音と共に、真っ暗な闇へと沈んだ。
鶫は糸が切れた人形のように、その場にペタンッと崩れ落ちた。
喉の奥からせり上がる嗚咽を、両手で顔を覆うことで必死に押し殺そうとする。
しかし、指の間からは止めどなく涙が溢れ出し、冷たい床を濡らしていく。
自分を認め、救ってくれた唯一の存在が、今まさに消えようとしている。
閉ざされた扉の前で、鶫は己の無力さを呪いながら、ただただ声を殺して泣き続けることしかできなかった。
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