第四十五章:沈黙の微笑と、断罪の残響
7人中、既に4人が「彼岸」の名を刻み、この残酷な遊戯の結末は事実上の決定を迎えていた。
勝利を確信した翼は、鼻を鳴らすと、手遊びでもするかのような軽薄な動作でフリップボードを掲げた。
「なあ、これってさあ、もう俺のフリップボード出す意味なくねえか? 答えはもう出てるんだしよ。まあ、一応形式ってやつで出してやるけどさあ」
ニヤニヤと下品な笑みを浮かべて彼が差し出したボードには、予想通り、殴り書きのような筆致で「彼岸」と書かれていた。
これで五票。圧倒的な、そして絶望的なまでの多数決の暴力が完成する。
「ぶっちゃけ、俺じゃなきゃ誰でもいいんだよ。そんでもって、この中で一番死ぬのにふさわしい奴を書いたってだけだ。誰も悲しまねえし、文句ねえだろ? あ、鶫は悲しむんだっけか?まあでも、鶫以外に悲しむ奴なんてこの世にいないんだから、別にいいよな?」
翼は背もたれに深く体重を預け、勝ち誇ったように喉を鳴らして笑った。
鶫の胸の奥で、煮えくり返るような激しい怒りが火花を散らした。
(何を……この人は、何も分かっていないくせに……!)
彼女は拳を血が滲むほど強く握りしめ、溢れ出しそうな怒りを奥歯で噛み殺した。
ここで感情を爆発させれば、彼らの思う壺だ。
今はただ、泥を呑むような思いで耐えるしかなかった。
「……それでは、彼岸さん。あなたの意思を示してください」
モニター越しに響く閻魔の声は、一切の揺らぎを許さない冷徹さを帯びていた。
促されるまま、彼岸は静かな動作で自分のフリップボードを円卓の上へと差し出した。
そこに広がっていたのは、中間選定の時と何ら変わることのない、雪のように真っ白な空白であった。
「はっ、結局最後まで逃げよるんやな。情けない男や。自分の命がかかっとるっちゅうのに、一言も反論できひんとは。だてに就職全敗しとらんわ」
義彦が鼻で笑い、無抵抗な彼岸を心底見下したように嘲笑した。
「なあ、もう決まりじゃねえかよ。時間の無駄だぜ。こんな薄暗い部屋、さっさと出ようぜ」
翼が欠伸をしながら立ち上がろうとすると、智弘もそれに同調して薄笑いを浮かべる。
「そうだよ。これ以上ここで何を確認するんだよ。さっさと解散して、スマートフォン返してくれよ。もううんざりなんだ」
「だまらっしゃい、死にぞこないのクソ老害と青二才の低能共」
その瞬間、モニターから放たれたのは、心臓を直接握り潰すような冷酷極まりない一喝であった。
「今は彼岸さんの時間です。身の程をわきまえなさい。これ以上、私の不快を買うのであれば、選定結果など無視して、私の独断と偏見であなたたちをその場で殺害しますよ?」
閻魔の言葉に、義彦、そして翼と智弘は「びくっ」と肩を震わせ、まるで氷水を浴びせられたかのように顔を蒼白にして口を閉ざした。
室内の温度が数度下がったかのような錯覚を覚えるほどの威圧感。
閻魔はモニター越しに3人を蛇のように睨みつけると、再び彼岸へとその静かな視線を向けた。
「……それで、彼岸さん。何か意見はありますか? これであなたは死ぬことになる。最後に言い残したいことは?」
彼岸は、死を目前にした者とは思えないほど、穏やかで柔らかな微笑みを閻魔へと向けた。
その瞳には、恨みも、悲しみも、恐れすらも宿っていない。
ただすべてを許し受け入れるような、深遠な慈愛の色だけが静かに湛えられていた。
「…………」
数秒の沈黙。
モニターの向こう側で、閻魔が僅かに息を呑む気配がした。
「……なるほど。それが、あなたの答えですか。言葉を必要としない、あなたの真意……確かに受け取りました」
閻魔の声には、先ほどまでの冷徹さとは異なる、どこか畏怖に似た重々しい響きが混じっていた。
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