第四十四章:積み重なる死の方舟
静寂が支配する円卓の部屋に、死神の足音が近づくような緊張が満ちていた。
鶫の左隣に座る笠原慎介が、事務的な手つきで黒い袋からフリップボードを取り出す。
「トンッ」と、硬いテーブルにボードが立てられる乾いた音が室内に響き渡った。
そこに太い筆致で刻まれていたのは、逃れようのない死の宣告――「彼岸」の二文字であった。
「理由は中間選定と変わらない。僕は自分が無い奴が嫌いだ。自分の意志を持たず、ただ流されるだけの人間に価値など見出せないからね。そして、いつも不気味にニコニコとしているのも、腹の底で何を考えているか分からなくて気味が悪い。死を前にしても、その面を崩さないのなら、そのまま消えてもらうのが合理的だろう」
慎介は冷徹な眼差しを彼岸に向け、一切の情を排した声で言い放った。
続いて、その隣に座る智弘が、せき立てられるように自分のボードをテーブルに突き出した。
そこにもやはり、呪詛のように「彼岸」の名が記されている。
「慎介さんと同意見であるのに加えて、彼岸さんって身寄りがいない、天涯孤独なんだよな? プロフィールにも、結婚もしていないってあったし。つまりさ、あんたがいなくなっても、この広い世界のどこにも悲しむ人はいないってことだ。誰にも惜しまれない命なら、今ここで消えたって何の問題もないだろ? 俺は結婚こそまだしてないけど、帰りを待つ親がいる。まだ守るべき家族がいるんだからな。俺は、俺だけは絶対に生きて帰らなきゃいけないんだよ」
智弘は自分に言い聞かせるように薄笑いを浮かべ、自らの生存を正当化した。
「私が悲しみます。」
耐えかねた鶫が、震える声を絞り出して智弘を射抜くように見つめた。
「あ、そうなの? まあ、せいぜい頑張って泣いてあげなよ」
智弘は興味なさそうに肩をすくめ、鼻で笑って視線を逸らした。
続いて、重々しく腕を組んでいた美馬義彦が、断罪の重みを乗せるようにボードを叩きつけた。
並んだ三つの文字は、一致団結した殺意となって「彼岸」を包囲する。
「40超えて自分でなんも決められへんような事ではあかん。そんな風に大切なことから逃げ回っとるから、就職活動で全敗した挙句、経済ショックとかパンデミックの時に職を失うんや。地に足ついてへんし、人間としての気概が無さ過ぎや。中間選定で言うた通り、決断を迫られても逃げ回って、卑怯で眼が死んどる。そんな空っぽな男が選定されても文句は言えへんで。これが、まっとうに生きてきた人間が出す答えや」
義彦は経営者としての優越感に浸り、彼岸という存在そのものを根底から否定してみせた。
鶫は、彼岸のこれまでの献身や、あの深遠な眼差しを何も知らないくせに、と激しい反論が喉元まで出かかったが、今は時期ではないと悟り、奥歯を噛み締めて黙り込んだ。
そして村井幸子が、震える手でフリップボードを差し出した。
そこに書かれていたのも、やはり「彼岸」の名であった。
「アタシは、彼岸さんに対して、みんなのようには思わへんけど……。でもやっぱり、彼岸さんには帰りを待ってくれてる人がいてはらへんし、それに……アタシかて、家族の所へ帰りたいんよ。娘の顔を見たいし、家のことも気になるし。そやから……彼岸さんに恨みはないけど、アタシが生きるためにはこれしか道がないんよ。堪忍してな……」
幸子の言葉は、慈悲と生存本能が混ざり合った複雑な表情をしていた。
こうして、7人中4人までもが彼岸を選定した。
もはや、残る翼と鶫が誰を書こうとも、この多数決の結果が覆ることはない。
彼岸という一人の男が「死者」としてこの世から抹消されることが、決定的な事実として円卓の上に鎮座した。
室内には、死者を選定した者達が共有する、重苦しくもどこか安堵を含んだ、歪な沈黙が降り積もっていった。
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