第四十二章:断罪の朝露と、孤高の行進
静寂に包まれた精進料理の時間が終わりを告げ、彼岸と鶫は一言一言を噛み締めるように食後の言葉を唱和した。
その声は、かつてないほどに深く、厳かな響きを持って無機質な食堂に溶けていく。
二人は幸子と共に手際よく膳を下げ、残った汚れを丁寧に洗い落とし始めた。
シンクに跳ねる水の音だけが、嵐の前の静けさを象徴するように冷たく響く。
後片付けを終えると、彼岸と鶫は人数分の湯呑みに熱い緑茶を注ぎ、食堂の円卓へと配っていった。
琥珀色の湯気と共に立ち上る茶葉の香りが、一時だけ死の緊張を和らげる。
すると。
「お早う御座います。今日は緑茶ですか。日本人の朝には、やはり落ち着いた茶の香りが相応しいですね。」
唐突に食堂のモニターが鮮烈な光を放ち、閻魔の面が映し出された。
「お早う御座います。」
鶫と彼岸が揃って落ち着いた声で挨拶を返すと、慎介、智弘、義弘、幸子の四人も、重苦しい空気に押されるように「お早う御座います」と言葉を添えた。
翼だけは、面倒そうに「お早う」とだけ短く吐き捨て、視線を茶碗の底へと落とす。
「鶫さんと彼岸さん以外の人達も、ようやく最低限の挨拶くらいはできるようになりましたか。絶望を前にして、少しは人間性が磨かれたのであれば、ここへ連れてきた甲斐もあったというものです。」
閻魔の仮面の奥から、深いため息のような響きが漏れた。
「さて、本題です。その御茶を飲み終えたら、中間選定と同じ要領で行動しなさい。各自、部屋に置かれているフリップボードに最後の一筆を加え、黒い袋に入れて中身が見えないようにしたうえで、速やかに円卓の部屋へ行くように。……以上です。」
閻魔はそれだけを冷徹に告げると、一方的に通信を遮断した。
漆黒に沈んだモニターを睨みつけながら、翼が舌打ちをして椅子を蹴るように立ち上がる。
「あいつ、また言いたいことだけ言って消えやがって。胸糞悪いぜ。」
翼は熱い緑茶を一気に喉へ流し込むと、荒っぽく流し台へ湯呑みを置き、振り返ることもなく食堂を後にした。
慎介、智弘、義彦の三人も、沈黙を守ったまま茶を飲み干し、吸い寄せられるように翼の後を追う。
幸子は彼らの後に続いて流し台へ向かい、置き去りにされた五人分の湯呑みを黙々と洗い始めた。
カチャカチャという陶器の擦れ合う音が虚しく響き、彼女は手際よく乾燥機にそれらを並べ終える。
食堂の出口へ向かう際、幸子は足を止め、部屋の隅に佇む鶫と彼岸を一瞬だけ一瞥した。
その瞳には、謝罪とも、諦観とも、あるいは生存への執着とも取れる複雑な光が混じり合っていたが、彼女は何も語らずに自分の部屋へと消えていった。
「……いよいよ、ですね。」
鶫は震えそうになる拳を膝の上で強く握りしめ、自分に言い聞かせるように呟いた。
「そうですねえ。万事は流転し、因果の果てに収束していくもので御座います。」
彼岸は穏やかな、どこまでも変わらない笑顔を向け、一口ずつ丁寧に緑茶を味わった。
二人は残された自分の湯呑みを各自で静かに洗い上げ、拭い終えると、最後に顔を見合わせた。
「それでは、また後程。円卓の部屋でお会い致しましょう。」
彼岸は、まるで午後の散歩にでも出かけるかのような軽やかな仕草で、深く、丁寧にお辞儀をした。
「はい。」
鶫は短く応えたが、その胸中には燃え盛るような激情と、冷徹なまでの決意が同居していた。
何か、彼を繋ぎ止めるような言葉を言おうとしたが、喉の奥で言葉が熱い塊となって詰まり、結局何も紡ぐことはできなかった。
今はただ、昨夜自分がフリップボードに刻み込んだ「答え」を信じ、自分のやるべきことを貫くしかない。
鶫は自分自身を鼓舞するように拳を白くなるほど握りしめると、断罪の待つ自分の部屋へと、一歩一歩踏みしめるように戻っていった。
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