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死者選定  作者: 修羅観音


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第三十九章:自己の解体と、魂の盟約

鶫は自室へと戻り、冷え切った心を温めるように熱いシャワーを浴びた。

湿った髪を丁寧に乾かし、柔らかな寝巻に着替えてからベッドの端に腰を下ろすと、部屋の静寂が刺さるように彼女を包み込む。


廊下を巡り、一人ひとりの扉を叩いた感触が掌に残っているが、返ってきたのは無機質な拒絶と、生存本能に塗り固められた冷酷な言葉ばかりであった。

誰一人として、彼岸を救うための協力者は現れなかった。

あの5人の頑なな様子から察するに、明日の最終選定でも、彼らは中間選定の時と同じく迷うことなく「彼岸」の名を記すだろう。


鶫は暗い部屋の中で独り、彼岸という男の輪郭をなぞるように思考を巡らせた。


慎介や智弘、義彦たちは、彼岸のことを生産性がない、意志がない、自分が無いと罵り、果ては卑怯者や死んだ眼をした男だと断じた。

確かに、世間一般の物差しで測れば、彼は「空虚」に見えるのかもしれない。


しかし、鶫にはそれが欠落ゆえの虚無ではなく、もっと別の深遠な何かに思えてならなかった。


彼は「自分」が無いのではなく、世俗の価値観やエゴといった「自己」という概念を、自らの意志で脱ぎ捨て、解体した先に立っているのではないだろうか。

社会の枠組みや損得勘定といった卑小な次元では決して測ることのできない、別次元の精神世界。

彼岸という存在は、その深淵に根を下ろしているように鶫の目には映っていた。


そう考えれば、彼の不可解な行動のすべてに合点がいった。


見返りを求めることもなく、誰に命じられたわけでもなく、当然の摂理として他人が汚した食器を片付け、温かい珈琲を淹れる。

過酷な状況下でも欠かさない自己鍛錬と、内職の最中に説いてくれた「三昧」という教え。

彼が語る言葉の端々には、単なる知識ではない、実体験に基づいた重みと底知れぬ思慮深さが宿っていた。


そして何より、鶫の心を揺さぶったのは、彼が向けてくれた真っ直ぐな肯定であった。


初めて一緒にサンドイッチを作った時、「味見しましたが、美味しいサンドイッチが出来上がりました。鶫さんの御蔭様で御座います。」と、御蔭様と言ってくれた。

ボクシングを教えて貰った時、笑顔で「筋がいいですね、鶫さん。覚えがとても早い。あなたはセンスがありますよ」と褒めてくれた。

自分が翼に馬鹿だと言われた時には「鶫さんは、とても賢い方だと感じますよ。自分の足で立ち、自分の手を動かすことの尊さを知っていらっしゃる。」とかばってくれた。


「幸子さんも料理の手際を褒めてはくれたけれど……。でも、あんな風に、何も求めず、ただ私の存在そのものを慈しむように褒めてくれたのは、あの人が初めてだった。」


冷たい家庭環境と、学校での陰惨な迫害。

自己肯定感を根こそぎ奪われ、透明な存在として生きてきた鶫にとって、彼岸の言葉は凍てついた魂を溶かす唯一の光であった。

彼に救われたのは、他でもない自分自身だという確信。


「彼岸さんは、これからも私のような、暗闇を彷徨う心弱き者たちを救い続ける人なんだ。ここで消えていい人じゃない。」

その瞬間、鶫は鋼のような硬さを持って、ある決断をした。


彼女はベッドから立ち上がり、迷いのない足取りでデスクへと向かった。

そこには、死への案内人のように、まっさらなフリップボードが静かに横たわっている。


鶫は黒いマジックを手に取ると、キャップを外してボードの端にペン先を置いた。

キュッ、キュッ、と、静まり返った部屋に、決意を刻み込むような音が響き渡る。

一文字、また一文字と、自らの魂を削り出すように力強くペンを走らせる。


書き終えた時、そこには鶫のすべてを賭けた「答え」が記されていた。

彼女の瞳からは既に迷いは消え去り、明日の審判を真っ向から受け止めるための、静かな覚悟だけが満ち満ちていた。


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