第三十五章:欺瞞の確信と、経験という名の傲慢
大型モニターに映る閻魔の面は、表情を一切変えることなく鶫を真っ直ぐに見据えていた。
沈黙の末、スピーカーから響いたのは、どこか冷たく、それでいて奇妙な納得を含んだ声であった。
「……あなたのような子が、何故そこのクソガキや親戚から執拗な迫害を受けているのか、理解に苦しみますね。鶫さん、あなたは十分に強いではありませんか。少なくとも、そこのクソガキよりも人間としての強さは圧倒的です。もはや、比較すること自体が失礼なほどに」
「ああ!? 俺のこと、わざわざ下げなくていいだろうがよ! てめえ、さっきから俺のことにだけ当たりが強すぎんだよ!」
翼は顔を真っ赤にして、モニターに向かって見苦しい悪態をつく。
しかし、そんな翼の醜態には目もくれず、鶫はただ力なく首を振った。
「私は、弱い人間です。いつも何も言えず、抵抗すら出来ず、ただ理不尽に流されるままで……。そんな私が、強いなんてこと……」
「自己肯定感を根こそぎ奪われて育てば、そうもなるでしょうね。ですが、真実から目を逸らすのはおやめなさい。まあ、人生相談はさておき、本題を完遂させましょう」
閻魔の声は、一瞬にして情愛を削ぎ落とし、機械的な冷徹さを取り戻した。
「明日、いよいよ『死者』が決まります。それでは皆様、善き夜をお過ごしください。これが皆様の中の誰かにとっては、最後の夜になるかもしれませんから」
その言葉を最後に、モニターの電源はぷつりと切れ、食堂は再び無機質な静寂に包まれた。
「あ……」
中止の訴えに対する明確な回答を得られないまま一方的に通信を切られ、鶫は愕然として立ち尽くした。
だが、そんな彼女の絶望を余所に、男たちは既に勝利を確信したような晴れやかな表情を浮かべていた。
「明日で、ようやくここともおさらばだな。いやあ、長かったぜ」
翼は残っていた珈琲を最後の一滴まで飲み干し、解放感に満ちた笑顔を浮かべた。
「本当に。長かったようで、短かったようで、なんだか不思議な感じだったなあ。まあ、明日には日常に戻れるんだから、今はそれを楽しみにしようじゃないか」
智弘もまた、既に外に出られることを確信しているような余裕の顔で、空になったカップを置いた。
「長いようで短い。人生も、そのような気がします」
ふと、彼岸が穏やかな声で言葉を添えた。
彼は手に持ったカップを愛おしそうに見つめ、温かい珈琲を最後の一口、大切に喉へ滑らせた。
「はは、まるで辞世の句だね。彼岸さんにはお似合いだよ」
笠原慎介が冷ややかに言い放ち、自らのカップを手にする。
義彦と幸子もまた、珈琲を飲み終えると流し台へ向かい、使い終えたカップを慣れた手つきで洗い、乾燥機へと片付けていく。
4人の男性陣の足取りは軽く、もはやこの部屋に用はないと言わんばかりに、食堂の出口へと向かい始めた。
幸子は少し足取りは重かったが、食堂の出口へ向かう。
「あの、待ってください!」
鶫の叫びが、彼らの足を止める。
「……おかしいと思わないんですか? こんなこと。誰かが死ぬことで助かるなんて、そんな異常な状況……。どうして平気な顔をして帰る準備なんて出来るんですか!」
鶫の必死の問いかけに対し、義彦は呆れたように肩をすくめ、鼻で笑った。
「鶫ちゃん。学年1位やって閻魔が言うとったけど、学校の勉強は出来ても、やっぱり社会経験がないから、わかっとらんのやな」
「え……?」
予想外の言葉を投げかけられ、鶫は戸惑いの表情を浮かべる。
義彦はこれ見よがしに胸を張り、自分がこの場における唯一の「智者」であるかのように、不遜な笑みを浮かべて見せた。
「儂はな、何となくこの企画の本当の目的がわかってきてるで。だてに長い事生きて、会社経営者として荒波を潜り抜け、経験豊富な人生送ってへんよ。お嬢ちゃんには見えへん真実が、儂ら大人には見えとるんや」
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