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死者選定  作者: 修羅観音


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第二章:閻魔の宣託と生贄、10億の呪縛と自己紹介

沈黙を切り裂くように、漆黒のモニターに鮮烈な光が灯った。

そこに映し出されたのは、体に完璧にフィットした漆黒のスーツを纏い、憤怒の形相を象った閻魔大王の仮面を被った、異様な女の姿であった。

仮面の隙間から流れ落ちる艶やかな黒髪が、冷徹な照明を反射して怪しく揺らめき、その正体不明の美しさを際立たせている。


「私の事は閻魔とでも呼べば結構です。閻魔ちゃんでも可。」


仮面の奥から響く声は、驚くほど鈴のように澄んでいながら、同時に血の凍るような冷たさを孕んでいた。

女——閻魔は、円卓を囲む7人の絶望を見透かすように、ゆっくりと語り始める。


「さて、これからあなた方にはこの施設で過ごしていただきますが、いくつか守っていただくルールを説明しましょう。まず、本名を名乗る必要はありません。偽名でも、互いをあだ名や番号を付けて呼び合っても自由です。この施設から外に出ることは決して許されませんが、施設内であればどこへでも自由に動き回って構いません。あなた方にはそれぞれ一人一部屋、プライベートな個室を用意してあります。食事については1日3食こちらで提供しますが、それ以外にも食堂にある食材や飲み物は全て勝手に使ったり、飲食して構いません。文字通りの食べ放題、飲み放題というわけです。至れり尽くせりでしょう?」


閻魔は、皮肉な笑みを浮かべるように僅かに頭を傾けた。

仮面の憤怒の表情が、照明の加減で嘲笑っているかのように歪んで見える。


「あなた方の仕事は至ってシンプルです。これから行う自己紹介、そしてその後の自由な対話や行動を互いに観察し、この中で誰が死ぬのが最もふさわしいかを、各々が真剣に考えて選定すること。まずは中間選定を行い、その後に運命を決める本選定となる最終選定を執り行います。そして、ここからが重要ですが、選定によって命を落とすことになった方の家族には、国家から家族単位で10億という莫大な金額が支払われます。あくまで一家庭に10億で、10人家族であれば一人1億の計算になります。自分の命が、残された愛する者たちのための輝かしい財産に変わる……素晴らしいシステムだと思いませんか? もちろん、この企画が無事に終了した暁には、生き残った皆様は速やかに開放することを約束しましょう。」


7人の間に、10億という数字が持つ暴力的なまでの重みが、じわじわと浸透していく。

それは希望ではなく、他者を、あるいは自分を「換金対象」として見るための、呪いの言葉であった。


「大まかなルールは以上です。各自の部屋には、あなた方の経歴や素行を記した大まかなプロフィールの冊子を置いてあります。それを選定の参考にするといいでしょう。これからの自己紹介の内容と冊子の記述に齟齬があったり、見え透いた嘘をついていたりすれば、他の誰かから選定される絶好の理由になるかもしれませんね。」


閻魔は、まるで獲物を弄ぶ肉食獣のような残酷な余韻を残し、最後に短く言い放った。


「質問は一切受け付けません。それじゃ。」


プツンッ!


無慈悲な電子音と共に、モニターの光が掻き消えた。

再び訪れた暗転の中で、7人の心には、10億の金貨と、鋭利な殺意が混じり合った濁流が渦巻き始めていた。


---


モニターの光が消え、静寂が戻った部屋に、絶望と金欲が混じり合った重苦しい空気が沈殿した。


「10億って……死んだら受け取れないじゃないか。」

笠原慎介が、血の気の引いた顔で掠れた声を漏らした。

かつて詐欺まがいのコンサルティングで他人の金を巻き上げていた男にとって、金は生きるための手段であり、死んでから手に入る大金など無意味な紙切れに等しかった。


「これって、俺はもしかして……家族から推薦されてここに送り込まれたんじゃ……。」

智弘が、顔を青ざめさせながらガタガタと震え始めた。

AIを使ってアダルト漫画の収益を元手に始めたAI漫画コンサルティングサービスでは、偉そうな態度で客を「受講生」を見下してきた彼も、家族という最も身近な存在から死を望まれているのではないかという疑念に、心臓を鷲掴みにされたような表情を浮かべている。


その傍らで、音無鶫は無言のまま、最近の親戚たちの奇妙な振る舞いを思い出していた。

普段は自分を厄介者扱いし、鶫がアルバイトで稼いだ金を毟り取るだけの叔父や叔母が、最近になって時折見せたあの偽りの優しさ。

あれは彼女をこの「生贄の場」へ差し出し、10億という莫大な富を得るための準備だったのだと、鶫は冷めた確信と共に納得していた。


「冗談じゃねえ!俺が死んで家族だけがいい思いするだけとか、たまったもんじゃねえぞ!」

清水翼が、机を激しく叩いて怒号を上げた。

金髪を振り乱し、いかにも不良らしい風貌の彼は、他人のために命を捧げるなどという高潔な精神とは無縁の存在であった。


「儂かて、会社と家族を守らなあかんのや。ここで死んでたまるかいな!」

美馬義彦が、70代とは思えぬ迫力で言い放った。

京都のIT企業を牽引し、多くの者を踏み台にしてきた成功者としての矜持が、彼を「敗北」としての死から遠ざけようとしていた。


「アタシかて、こんなとこで死にたくないよ!まだまだやりたい事もあんのに!」

村井幸子も、八つ橋工場で培った図太い声を響かせて叫んだ。

周囲の若者を嫌な思いにさせてきた自覚など微塵もなく、彼女の頭の中には自分自身の権利と生存の欲求だけが渦巻いていた。


「あのー、先程、あの閻魔さんと仰る方が、自己紹介の話をされていましたから。自己紹介を致しませんか?」

張り詰めた空気を切り裂いたのは、穏やかな笑顔を崩さない彼岸であった。

黒い作務衣を纏い、社会の荒波に揉まれ続けてきたはずの男は、まるで茶会でも提案するかのような落ち着き払った態度で一同を見回した。


「そ、そうだな。まずはお互いを知ろうか。」

笠原が、縋るように彼岸の提案に乗った。


まずは彼岸が、作務衣の袖を整えて静かに合掌し、深々とお辞儀をした。

「私は彼岸と申します。宜しゅうおたの申します。」

その丁寧な物腰とは裏腹に、氷河期や震災、パンデミックを生き抜いてきた男の底知れぬ静かさが、場に異様な緊張感を加えた。


続いて笠原が、スーパーのアルバイトという現状を伏せ、かつてのコンサルタントとしての虚飾を交えながら、自分には社会を導く知恵があるのだと必死にアピールした。

智弘も、顧客を見下すような傲慢な口調を端々に滲ませながら、自分のような若き才能を失うのは損失だと、震える声で言い張る。

美馬は、自分の経営する会社が抱える従業員の多さと、自分が死ねば京都の経済に影響が出ると威圧的に説いた。

翼は、未来ある若者を殺す権利が誰にあるのかと、苛立ちを隠さずに他の大人たちを睨みつけた。

幸子に至っては、自分がいなければ工場のラインが回らないのだと、一方的な自己主張を喚き散らした。


「私は、音無鶫です。宜しくお願いします。翼君と同じ高校に通ってます。」

最後に、鶫が小さく頭を下げて短く挨拶を済ませた。

必要最小限の言葉しか発しない彼女の態度は、この場において異質なほどの無気力さを感じさせた。


「お前を選定してやろうかな。」

翼が、獲物を見つけた蛇のような冷酷な笑みを浮かべてニヤニヤと鶫を挑発した。


「……そうするだろうなって、予想はしてたよ。」

鶫は視線を合わさぬまま、乾いた声でボソリと呟いた。

そのやり取りが終わると同時に、部屋の重厚な扉が音もなく左右にスライドした。


部屋の入り口には、サングラスをかけた黒ずくめのスーツの男たちが整然と並んでいる。

彼らは一言も発することなく、7人を各々にあてがわれた個室へと誘導し始めた。


円卓という公共の場から、一人きりの思考の檻へ。

扉の向こう側には、閻魔が告げた「10億の価値がある経歴書」が彼らを待っているはずであった。


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