第二十六章:無地の宣告と、深淵の微笑
鶫が示した「拒絶」の余韻が冷めやらぬ中、モニター越しの閻魔は、その仮面の奥にある双眸を静かに隣の男へと転じさせた。
「では、続いて彼岸さん。いってみましょうか。貴方は一体、誰の終焉を望むのか」
冷徹な催促に対し、彼岸は一切の気負いを見せることなく、膝の上に置いていた漆黒の袋に手をかけた。
その所作は、まるで茶を点てるかのように優雅で、淀みがない。
彼岸は黙って袋からフリップボードを取り出すと、それをゆっくりと、重みを感じさせる動作でテーブルの上に置いた。
——そこには、何も書かれていなかった。
墨の跡一つない、ただただ真っ白な無地の空間。それが彼岸の提示した「答え」であった。
鶫はその白さを目にしても、驚きはしなかった。
彼岸という男なら、自分の名を書くか、あるいは自分と同じように「選定しない」という意志を示すだろうと、どこかで予感していたからだ。
この無地のボードもまた、彼らしい静かな抗議の形なのだと、彼女は直感的に理解していた。
しかし、円卓の向かい側に座る5人の反応は、鶫のそれとは正反対であった。
一瞬の呆気に取られた沈黙の後、彼らは互いに顔を見合わせ、その表情を歪な嘲笑へと変えていった。
「……なんだよ、それ。おいおっさん、書き忘れか? 耄碌したのかよ」
清水翼が鼻で笑い、小馬鹿にしたような視線を彼岸に投げかける。
「ふん。何の意味があるんだ、これは。なぜ何も書いていない? 質問に答える能力すらないのか」
笠原慎介が、苛立ちを隠さずに問い詰める。
論理と生産性を重んじる彼にとって、この「空白」は理解しがたい愚行にしか映らない。
「何や、ダンマリかいな。これじゃあ選定にならへん。話にならへんなあ、全く」
美馬義彦は、価値のないものを切り捨てる時の冷めた溜息を漏らし、首を振った。
彼らにとって、彼岸の無地のボードは、単なる「無能」の証左でしかなかった。
これから自分たちが下そうとしている「死の宣告」の重みから逃げ出した、弱者の逃避にしか見えていないのだ。
しかし、罵詈雑言を浴びせられてもなお、彼岸はただフッと、春の陽だまりのような微笑みを浮かべているだけだった。
その瞳は5人の醜態を映しながらも、どこか遥か彼方の、彼らに届かぬ場所を見つめているようでもある。
「……それが、彼岸さんの回答ですか?」
モニターから発せられた閻魔の声が、いつになく低く響く。
それは確認というよりも、この「空白」という深淵を覗き込もうとする、探るような響きを帯びていた。
彼岸は、その問いに対しても言葉を返すことはなかった。
ただただ、慈愛とも、あるいは諦観とも取れる深い微笑みを、仮面の主へと静かに返し続けるだけであった。
---




