第二十三章:黄金の朝食と、剥き出しの強欲
まだ夜の帳が完全に上がりきらぬ、静寂に満ちた翌早朝。
鶫が吸い寄せられるようにトレーニングルームへ足を運ぶと、そこには少しだけ早めに来ていた彼岸が、鏡の前で念入りな準備運動をしていた。
「お早う御座います、鶫さん。今日もしっかりと心身を整えて参りましょうかねえ」
鶫は彼岸から、拳を突き出す際の重心の移動や呼吸の置き方といった、昨日よりもさらに踏み込んだ基礎的な所作を丁寧に教わった。
仕上げにランニングマシンへと飛び乗り、二人で三十分ほどのロードワークを行う。
パタパタパタ……と、並んで刻まれる一定のリズムだけが室内に響き、鶫の体温をじわりと引き上げていく。
トレーニングを終えた鶫は、一旦自室へと戻って熱いシャワーで汗を流すと、もはや肌の一部のように着慣れたハイネックの黒トレーナーと黒のカーゴパンツに身を包み、食堂へと向かった。
食堂の重厚な入り口で再び彼岸と合流し、中へ足を踏み入れると、そこには食欲を激しく刺激するパンの香ばしい香りが立ち込めていた。
この日の朝食は、こんがりと焼けた厚切りパンに瑞々しいサラダ、そして絶妙な半熟加減の目玉焼きに、湯気を立てるホット珈琲。
「珈琲まで入れて下さっているとは、有難や有難や。至れり尽くせりで御座いますねえ」
彼岸が深い感謝を込めて合掌し、丁寧にお辞儀をする。
鶫もその隣で、教わった通りに静かに掌を合わせて頭を下げた。
そこへ、眠気と焦燥を顔に張り付かせた他のメンバーたちが、重い足取りでぞろぞろと集まり出した。
全員が席に着き、恒例となった彼岸の食前の言葉の後に、彼岸と鶫の十念が食堂に響き渡る。
厳かな沈黙の後、全員が「頂きます」を口にして、目の前の朝食を貪り始めた。
「昨日が和食で今日が洋食だから、明日は中華かもな。あ、唐揚げとかもいいかも。熱々の肉まんと唐揚げが食いてえよ。」
清水翼が、口の周りに卵の黄身をつけながら下品に笑った。
「外に出られたら、そんなもの好きなだけ食べられるさ。そして、本当に出られるかどうかは、この後の『中間選定』で決まるんだ」
笠原慎介が眼鏡の奥の目を光らせ、冷酷に現実を突きつける。
「まだ中間だけど、これでほぼ決まりだろ? 大体、なんでわざわざ中間とか挟むんだろうね。一度で済ませりゃいいのに」
智弘が首をかしげると、美馬義彦がフォークを置いて重々しく口を開いた。
「盛り上げるためとちゃうか。視聴者っちゅうのは、焦らされれば焦らされるほど、その瞬間の興奮に酔いしれるもんや」
「ああ、そういえば……選定の場面って国の企画っちゅうか、国家規模のプロジェクトで、中間と最終決定がそのまま全国に放送されるんやったっけ?」
村井幸子が思い出したように呟くと、翼が露骨に不快そうな表情を浮かべて悪態をついた。
「そういや、そうだったな。け、ったくなんだよ見世物かよ……。あ、そうだ! 今更気づいたけどさ、出演料くらいはたっぷりとくれるんだろうな? 俺たちの命をエンタメにしてるんだからよ」
「そうだ、その通りだ。あの閻魔にきっちり請求しようよ。俺たちの肖像権だってタダじゃないんだからな!」
智弘が力強く同調し、二人は自分たちが置かれた命の危機よりも、目先の金の話に熱を上げ始めた。
鶫は、彼らのあまりにも現金で、剥き出しの強欲に染まった会話を聞きながら、冷めた目で皿を見つめていた。
あんなにも恐れていたはずの死を、金という物差しで測り始めた彼らへの軽蔑。
しかし、それ以上に彼女の胸を騒がせていたのは、得体の知れない「違和感」であった。
初日はあれだけ罵り合っていたのに、今はどこか落ちついているようにも見えて、まるで自分達は選定されないという確信があるような感じの5人。
出演料の請求や、外に出たら肉まんを食べるんだという、自分は解放される事を前提とした話をする面々。
何かが決定的に歪んでいるような気がしてならない。
ふと横を見ると、彼岸はそんな卑俗な喧騒などどこ吹く風で、ただニコニコと、一切の音を立てない綺麗な所作で、一切れのパンを愛おしむように綺麗に平らげていた。
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