三番唄①
固い。冷たい。何処で寝ているのだ。
段々、意識がはっきりとして来た。俺は台所の床で目を覚ました。
(何故、台所の床で寝ていたんだ?)
と考えた時、昨夜の出来事を思い出した。
(俺は何を見たのだ⁉)
考えても分からない。覚えていない。俺は何かを見て、何かに襲われて、意識を失った――ような気がする。
体中がずきずきと痛んだ。俺は二階で寝直すことにした。
昼過ぎまで、ぐっすり寝た。
腹が減って目が覚めた。
近所の中華料理屋に向かった。
良い天気だった。昨夜の出来事が嘘のようだ。あの屋敷には何かいる。訳の分からないものが憑りついているような気がする。
(相続が済めば、とっとと売り払ってしまおう)と思った。
功兄が後生大事に屋敷を守って来たことが信じられなかった。功兄にとっても、忘れたい思い出の場所だったはずなのに。
功兄、夜中の足音に悩まされて、一度は屋敷を出てマンション暮らしをしていた。それでも屋敷に戻って来た。
功兄が言っていた。「兄が夢に出て来て言うんだ。お前が屋敷からいなくなると、寂しいじゃないか。お前が俺を階段から突き落としたんだ。屋敷に戻って来い」
だから、屋敷に戻った。
俺も似たような夢を見たことがあった。経兄が夢に出て来て言った。
「屋敷に戻って来い。お前が俺を殺したのだ。階段の柱にぶつけて、殺しただろう。知っているんだぞ。屋敷に戻って来い。そして、俺と暮らすのだ。これ以上、悪事を重ねると・・・」
と経兄が言ったところで目が覚めた。
気味が悪くて、俺は経兄の言葉を無視した。だが、功兄は昔から経兄に逆らえない。夢で見た経兄の言葉に従って、屋敷に戻った。
ラーメンを食べながら、隆俊叔父殺害計画を練った。計画通り、功兄を殺害した。上手く行った。成功体験だ。今度も計画通り、やり遂げる自信があった。
(健介の買収に成功して、画像データを取り返すことができたが、オリジナルのデータは隆俊叔父の携帯電話に残っている。健介が俺にデータを売ったことを黙っているはずがない。健介が寝返ったことを知れば、別の人間に自動転送を頼むだろう。いや、もう頼んでいるかもしれない。やるなら早い方が良い。隆俊叔父には行方不明になってもらうしかない。生死がはっきりしなければ、自動転送が発動することはないからだ。
海に沈めるにしても、山に埋めるにしても、死体が見つかる可能性はゼロではない。何処か死体が見つからない場所はないだろうか・・・)と考えた時、ひとつの場所が頭に浮かんだ。
――地下室。
古い屋敷だ。地下室があった。
侍従屋敷は、昭和の初めに信用金庫として使われていたことがある。春野駒子が屋敷を買い取る前の話だ。
その時、地下に巨大な金庫室がつくられた。
その後、信用金庫は移転し、地下にあった金庫は無用のものになった。春野駒子が生きていた頃は、蔵代わりに物置として使っていたと聞いている。
その後、巨大なドアが動かなくなってしまった。ドアを閉められない以上、貴重品を置いておくことが出来なくなった。今も物置だが、ドアは半開きのまま固まっている。
地下室には奥の階段から行くことができる。
二階への直接階段は春野駒子が登場する際に使用する舞台に過ぎない。
(隆俊叔父を地下室に閉じ込めてしまえば、後は勝手に餓死してくれるだろう。どうやって地下室に誘き出すかだが、その辺は難しくないだろう。面倒なようなら、頭を殴って気絶させれば良い。だが、果たして屋敷に閉じ込めることが得策かどうか・・・)
俺は考え込んだ。
(死体が屋敷にあるのは危険じゃないか)ということだ。
功兄の事件の捜査が続いている。安達のような警察関係者が突然、屋敷に押しかけて来る。地下室に死体があるのが見つかったら、俺はおしまいだ。
(だが、あのドアだ。一度、締めたら開けることができないだろう)
もうあの巨大なドアの開け方を知っている人間などいない。ドアを締めることさえ出来れば、屋敷を破壊でもしない限り、ドアを開けることは不可能だ。
警察だって、何の証拠も無いのに屋敷を破壊して、地下室のドアを開けたりしないだろう。死体を隠すには、絶好の場所なのかもしれない。とにかく、地下室の状況を確かめてみよう。そう思った。




