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女王の呪い唄  作者: 西季幽司
第二部「志尊の告解」
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恐喝①

 安達は何か気がついているのかもしれない。

 まさかとは思うが、俺がどうやって功兄を殺害したのか、防犯カメラを使った密室トリックの謎を解き明かしているのではないだろうなと不安になった。

 功兄は全てを自白するつもりだった。そう俺に言った。「志尊。僕はもう疲れたよ。経兄の事故のことを黙っていることに耐えられなくなってしまった。警察に行って、全てを自白するつもりだ。大丈夫だ。心配するな。全ては僕がやったことにする。お前が経兄に止めを刺したことは黙っている」

 功兄はそれで良かったかもしれない。会社の社長という仕事は功兄に向いていなかった。警察に自首することで、罪の意識と社長の重責から解放されたかったのだ。

 だが、俺はそうは行かない。

 俺は功兄に縋って生きて来た。

 寄生して来たと言っても良い。功兄の援助なしでは、とてもやって行けない。経兄が死んで、遺産が入り、俺は家を出て、自由気ままに生きて来た。経兄の遺産など、もう使い果たしてしまった。今は功兄に縋って生きている。いや、功兄を強請ることで生きて来た。まともに働いたことなどない。金に困れば功兄が助けてくれた。

「功兄、考え直してくれないか」

 そう何度も頼んだ。だが、功兄の意思は固かった。ついには、親しい人間を集めて、事件のことを告げ、後を頼んでから自首すると言い出した。そして、日時を決めて連絡までしてしまった。

 俺は追い詰められた。

 功兄の性格だ。警察に嘘を吐き通すことなんて出来る訳がない。俺が止めを刺したことだって、いずれ白状してしまうだろう。

 自首なんかされてたまるか。刑務所になんかに行きたくない。

 俺は功兄の口を塞ぎ、全てをいただくことにした。そうすれば、一生、働かなくても生きて行けるはずだ。

 入念に計画を練った。

 あの日、俺は約束の時間より一時間早く、屋敷にやって来た。

 人目につかないように公園から裏山を通って屋敷の庭に出た。子供の頃から遊んで来た裏山だ。ルートは知り尽くしている。

 裏庭に出ると、ポケットからナイフとアイノミドリシジミの標本を取り出した。アイノミドリシジミの標本はネットで購入したものだ。功兄を窓際に誘き寄せる為に買った。そこから合成なんとかという成分が検出されるなんて、思いもしなかった。

 庭から書斎に近づくと、案の定、功兄がいた。

 昼間、屋敷にいる時は書斎にいる。いや、書斎から動かないことを知っていた。書斎でちまちまと昆虫の絵を書いたり、ネットで昆虫の動画を見たりして、一日、過ごしている。

 窓から「功兄」と声をかけ、「庭で珍しい蝶を見つけたよ」と言うと、「どれどれ」と近寄って来た。何の疑念も抱かった。

 予定通りだった。その為にネットで購入したのだ。

 左手に蝶を乗せて、功兄へと差し出した。功兄が俺の手元を覗き込んだ。その瞬間、俺は右手に隠し持っていたナイフを深々と功兄の胸に突き立てた。

「くえっ!」と功兄は奇妙な悲鳴を上げた。

 そして、ぱくぱくと口を動かして、何か言おうとしたが、そのままばたりと倒れた。胸にナイフを突き立てたままにしておけば、返り血を浴びないで済んだだろう。だが、そんなこと、後になって思ったことだ。俺がナイフから手を放さなかったせいで、いや、ナイフから手が離れなかったせいで、功兄がひっくり返った弾みでナイフが抜けた。

 俺は返り血を浴びてしまった。

 まあ、どの道、ナイフは持ち去るつもりだった。窓の鍵を閉める為に、書斎に入らなければならない。現場にナイフを残しておくと、後々、疑われるに決まっている。

 現場に凶器がないこと。返り血を浴びていないことが、この計画の要点だった。特にナイフは現場から見つかってはならなかった。だから、手を放せなかった。

 窓を閉めると、急いで現場を離れた。暑かったか、無意識に袖をまくっていたようだ。この時、何処かで腕を引っ掻いた。

 そして、裏山を通って公園に戻った。

 返り血を浴びることは計算済だった。ちゃんと着替えを持って来ていた。

 公園のトイレで鏡を見ながら、入念に返り血を洗い流した。そして、服を着替えた。十二分に注意を払った。だが、腕に怪我をしていて、自分の血が袖口についてしまった。それを安達に返り血だと疑われてしまった。まあ、それも俺が遺体の第一発見者になったため、うまくごまかすことが出来た。

 いや、そもそも俺は遺体の第一発見者になるつもりだったのだ。

 隆俊叔父が先に着いて、屋敷内を見回るとは思っていなかった。危なかった。先に遺体を発見されていたら、俺の計画がダメになるところだった。

 ナイフと返り血を浴びた服は裏山に埋めた。

 その後、公園から皆が屋敷に向かう姿を確認してから、俺は屋敷を訪れた。

 最後に屋敷に到着するつもりだった。殺害した時刻は分かっている。少しでも遅く屋敷に着いて、死亡推定時刻から外れたかった。ぎりぎりだったが、上手く行った。

 屋敷に到着すると、功兄を探す振りをして書斎に入り、窓の鍵をかけた。これで密室が完成した。

 功兄は血まみれになって床に倒れていた。

 自分がやったことだったが、可哀そうに思えた。

 感傷に浸っている暇はない。俺は声を張り上げた。

「誰か来てくれ~! いや、天音さんだ。天音さん、書斎まで来てくれ~! 志功が・・・志功が倒れている~!」と天音医師を呼んだ。

 俺は予定通り、遺体の第一発見者になった。

 これが密室トリックの謎だ。

 分かって見ると簡単なトリックだろう。隆俊叔父が先に書斎を見回ってくれたお陰で、上手く容疑から逃れることが出来た。

 だが、隆俊叔父が犯行を自白するとは思わなかった。

 何故だろう。俺の身代わりになった? あの強欲で自己中な隆俊叔父が? そんなことあり得ない。隆俊叔父のことだ。何か思惑があって自白したに決まっている。

 俺の予感が当たっていたことを、直ぐに思い知らされた。

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