恐喝②
橋本弁護士と連絡を取った。
金が欲しかった。早く借金を返さないと、功兄の後を追うことになってしまう。
「警察の捜査が終わるまでは、難しいでしょうね」と橋本弁護士に言われた。
「何故、警察の捜査が関係あるのですか!」と電話口で怒鳴ってしまった。
遺産相続をめぐる殺人事件の場合、容疑者となれば、当然、相続は認められない。相続人は俺だ。俺が犯人だということになる。
「だから、事件に関係がないことがはっきりすればと言うことです。阿舎利隆俊氏が既に犯人として確保されている訳ですから、そんなに時間はかからないと思いますよ」と悠長に言われた。そして、「新庄温子さんが、あなたと話をしたいとおっしゃっています」と言う。
「温子さんが?」
新庄温子は父、大志の前々妻となる。父は春野駒子と知り合い、温子と別れ、駒子と再婚した。二人の間に生まれた子が香織さんで高田涼介の妻となっている。
「話を聞いてあげてください」と頼まれたので、「何時でも結構ですよ」と答えておいたが、その日の内に屋敷に俺を訪ねて来た。
温子さんと応接間で会った。
六十代のはずだが、若々しい。瓜実顔で大きな目、丸い鼻、もともと童顔だが、年齢には勝てないようで、皺が増えていた。均整の取れた体、毛量のある髪、後ろから見たら二十代に見えるかもしれない。
会うのはもう十年振りくらいになるが、皺が増えただけで全然、変わっていなかった。
「お久しぶり。このお屋敷も相変わらずね」と屋敷に入るなり言った。
「おや? 屋敷に来たことがあるのですね」
この屋敷は元々、春野駒子が所有していたものだ。温子さんが父と結婚していた頃は、この屋敷に住んでいなかった。
「ええ、志功さんを訪ねて、何度かお邪魔しましたよ」と答える。
「功兄を?」
功兄と温子さんの間に、どんな関係があったのだろうか?
「そのことをお願いに来ました」と温子さんが言う。
「何でしょう?」
「私が美容院をやっているのをご存じ?」と聞く。
「はい。その話、聞いたことがあります」
父と離婚後、温子さんは慰謝料を元手に美容院を始めたと聞いた。もともと美容関係の仕事に興味があったようで、市内に二店舗目を開業したという噂を聞いた記憶があった。
美容院を経営しているからだろう。若々しく見えるのは、見た目に気を使っているからだ。
「二年前、三店舗目を出店する際に、志功さんに援助をしていただきました。開業資金を出してもらい、出資者の一人になってもらいました。当分、配当なんて出せませんけど――と断ると、構いませんよ。何時か、配当をもらえる日を楽しみにしていますと言ってくださいました。三店舗目もやっと軌道に乗り始めたところですが、まだまだ配当を行うには時間がかかりそうなのです」
功兄が資金援助していたとは初耳だった。功兄の性格だ。頼まれると断れなかったのだろう。相手は温子さんだ。父のやったことだが、妙な負い目を感じていたのかもしれない。
「志功さんの遺産は、あなたが引き継ぐことになるのでしょう? 今、資本を引き上げられると困ってしまいます。そのお願いに来ました」と言って、温子さんは「お願いよ」と頭を下げた。
「突然、そう言われましても・・・」と即答を避けた。
できることなら、今直ぐ、耳を揃えて返してもらいたかった。
「そうね」と温子さんは理解を示してくれたようで、「三店舗目は――」と店舗の詳細や経営状況を説明し始めた。
正直、俺には難し過ぎて、よく分からなかった。ざっと、経営は順調で、間もなく利益が出そうだ。来年には配当も出せるだろう。だから資金を引き上げないでくれという内容だった。
上の空で温子さんの話を聞いていたが、良いことを思いついた。
「分かりました。資金を引き上げたりしませんから、お金を貸してもらえませんか?」と温子さんに提案してみた。
「お金を?」
「はい。ちょっと至急、入用があって。功兄の遺産相続が終わるのを待てそうもないのです」
「いかほどでしょう?」
「取り敢えず――」と取り立てにあっている借金額を伝えた。
「そんなに⁉」
「全額でなくても結構です。少しだけでも」とねばってみた。
「百万くらいなら」と温子さんが言ってくれた。
俺は「百万あれば助かります」と頭を下げた。百万あれば、遺産相続まで、やつらを黙らせることが出来そうだ。
「準備が出来たら連絡します。他に、聞きたいことがあれば、何時でも説明します。今後、どうするかについて橋本弁護士と相談してもらって構いません」と言い残して、温子さんは屋敷を去って行った。




