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女王の呪い唄  作者: 西季幽司
第二部「志尊の告解」
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転落死の真相③

 這う這うの体で屋敷に戻った。

 すると安達が待っていた。正直、会いたくない相手だったが、仕方がない。「おや、どうしました?」と尋ねた。

 功兄殺害の犯人として隆俊叔父が捕まったはずだ。今更、屋敷を尋ねて来る理由がない。

「いえね。少し、お話がありまして」と安達が言う。

 嫌な予感がした。

 屋敷に入れるのが嫌だったので、玄関先で立ち話を始めた。

「事件は片付いたのでしょう。隆俊叔父が功兄を殺した。そう本人が自供した訳ですから」

「まあ、そうなのですが・・・」

「まだ、何か?」

「私が殺したと言っている割に、どうにも阿舎利隆俊氏の証言があやふやなものでして、証拠固めをする必要があるのです」

「なるほど」

「荷物を置かれてはいかがです。中で話しましょう?」

 マンションからパソコンを持ち帰っていた。確かにパソコンが邪魔だった。断る理由がないので、屋敷に入れてしまった。

 応接間に通し、「コーヒーでも煎れましょう」と言うと、「お気遣いなく」と安達が答えた。

「僕が飲みたいので」と結局、コーヒーまで振舞った。

 二人、無言でコーヒーを一口、二口、すすってから、「ほら、これ。覚えているでしょう」と安達がポケットから透明な袋を取り出した。

 袋の中にはエメラルドグリーンの羽を持つ美しい蝶が入っていた。

「ええ、覚えています。庭で拾ったチョウでしょう」

「アイノミドリシジミです。珍しい蝶だという話はしたと思います」

「そうですね」

「これ、調べてみたのです。すると、蝶から合成ピレストロイドが見つかりました」

「合成ピレストロイド?」

「ええ。除虫菊という菊に含まれている天然ピレトリンに似た構造の合成化学物質のことです。除虫菊という名の通り、防虫効果があります。変でしょう。蝶から防虫剤が出るなんて」

「変ですね」

「要は、この蝶、標本だった訳です」

「・・・」

「何故、標本の蝶が庭に落ちていたのでしょう?」

「それは・・・功兄は昆虫オタクでしたからね。持っていた標本のひとつなのでは?」

「珍しい蝶ですよ。そんな標本を持ち歩いたりしますかね?」

「しないでしょうね」

 我ながら下手な言い訳だ。

「だとしたら、何故、アイノミドリシジミの標本が庭に落ちていたのでしょう?」

「分かりません。ですが、もう、そんなこと、どうでも良いのではありませんか? 自分がやった。功兄を殺したと、隆俊叔父が自白しているのですから」と話を逸らした。

「ああ、そうでした」と安達は言ったが、どこか腑に落ちない表情だ。

「何か気になることがあるのですか?」

「気になること? ああ、いっぱいありますね。例えば凶器についてです。阿舎利隆俊氏は凶器のナイフを窓から庭に捨てたと供述しています。ところが、庭からナイフは見つかっていない」

 それはそうだろう。ナイフは庭に捨てたりしていない。

 安達が続ける。「それに阿舎利隆俊氏には返り血を浴びた跡がありませんでした。犯人は被害者を刺した後、ナイフを抜いている。ナイフを刺したままだと、ナイフが蓋をして返り血を浴びなかった可能性がありますが、抜いている以上、かなりの出血があったはずです。全く、返り血を浴びていないのは変でしょう?」

「ええ、まあそうですね」

 そうなのだ。返り血の対策が大変だった。

「それに――」と安達が言う。

「まだあるのですか?」

「いえね。屋敷に最初に着いたのが阿舎利隆俊氏、それから窪田美晴さん、橋本弁護士、菅野医師、そして高田さん夫妻とあなたが最後に到着した。屋敷にいたのなら、何故、阿舎利志功氏は迎えに出て来なかったのでしょうね。あの日、志功氏が声をかけて皆さんが集まったと聞いています。書斎にいて、気がつかなかったのでしょうか。阿舎利隆俊氏も窪田美晴さんも玄関で呼び鈴を鳴らしたと言っています。変でしょう? 気がつかなかったとは思えない」

 そうか。そのことは全く考えていなかった。

「まあ、そうですね。隆俊叔父が犯人でないとすると、誰の仕業でしょうね」

「そうですね~それは、あなた――かもしれませんね」

「僕ですか⁉」

「あなたの袖口に血痕がついていましたね。あれ、返り血だったのでは?」

 あれは俺の血だ。功兄を殺害した後、窓を閉めた時に、何処かで引っ掻いたような感じがした。きっとその時に怪我をしたのだ。だが、それを説明する訳には行かない。

「あれは功兄の死体を発見した時についたものですよ」と返事をしておいた。

「ああ、そうでしたね」

「僕が書斎にいた時間なんて一瞬ですよ。それに、死亡推定時刻を過ぎてから書斎に入っている。僕が犯人だとしてナイフの問題はどうなるのです? 隆俊叔父が言うように窓から庭に投げ捨てたのでしょうかね」

 俺の鋭い指摘を受け流すかのように安達が答えた。「そうですね~何処かにナイフを隠すことができる場所はありませんか? いや、人に知られずにあの書斎に出入りできる秘密のドアみたいなものは無いのですか?」

「そんな、都合の良い・・・」

 なかなか一筋縄では行かない男のようだ。この刑事、油断がならない。

「はは。ありませんか。でもね。私はこう考えるのです。犯人はあの屋敷の一階の廊下に防犯カメラがあることを知っていた。知っていて防犯カメラを使って密室を作り上げる方法を考えた。阿舎利志功氏殺害の犯人は屋敷に詳しいものの犯行だとね」

「僕らの中に犯人がいると言うのですか?」

「ええ、まあ。そう考えています。防犯カメラを使って密室トリックを仕掛けたのだとすると、防犯カメラの映像は我々の目を欺く為の仕掛けだと考えた方が良い。防犯カメラを手配した高田さんは勿論ですが、皆さん、防犯カメラのことをご存じでした」

 こいつ、功兄殺害の方法を見抜いているのだろうか?

「どうやって防犯カメラを使って密室トリックを仕掛けたのでしょう?」と聞いてみた。

 すると、安達は「それは、まだ分かりません」と手を広げて、お手上げのポーズをした。演技にしか見えない。そして、気になることを言った。

「しかし、阿舎利隆俊氏は何故、やってもいない殺人を認めたりしたんでしょうね? 彼は何かを知っている。犯人が誰なのか、分かっているのかもしれませんね。分かった上で、自分がやったと証言しているのだとしたら、その目的が何なのか、非常に気になります」

 言われてみれば確かにそうだ。

「そうですね」と頷いてしまった。

 あの自己中心的な隆俊叔父が誰かを庇って自分がやったと証言しているとは思えない。証言する裏には、何か目的があるのだ。

「ところで――」と安達は話題を変えた。「庭はお隣さんと壁で仕切られていますが、庭の一部が裏山に接していますね」

「ええ。それがどうしました」

「いえね。どこに繋がっているのだろうかと思いまして」

「裏山を歩いて行くと、駅から来る途中にある公園に出ますよ」

「ああ、そうですか。ちょっと歩いてみましょう」と言って、安達は腰を上げた。

 最後に安達が気になることを言って屋敷を出て行った。「くれぐれもお気をつけて――」と言ったのだ。

 気をつける。何に?

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