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女王の呪い唄  作者: 西季幽司
第二部「志尊の告解」
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転落死の真相①

 功兄を殺したのは俺だ。

 何故、血を分けた兄弟を殺したのかって? そうだな。何処から話をしたら良いのだろう。やはり五年前の、あの事件、もう一人の兄、志経の転落死の話から始めるのが一番、良いだろう。

 当時、俺たち、兄弟三人、この屋敷に住んでいた。俺はまだ学生だったし、功兄は経兄のもとで働いていた。父に言わせれば「甲斐性の無い三兄弟」がここで暮らしていた。

 何が原因だったのか、俺には分からない。

 休日だった。部屋でゴロゴロしていると、二階の廊下で怒鳴り合う声が聞こえて来た。何だろう? と廊下に出ると、珍しく経兄と功兄が喧嘩をしていた。大人しい功兄にしては珍しかった。日頃、威圧的でパワハラ気質の経兄が説教を始めると、俺は顔に出るようで、殴られたりしたが、功兄は何時も殊勝に耳を傾けていた。

 その功兄が声を荒げて経兄に反抗していた。

 大人しい人間が怒ると怖いものだ。

(どうしよう。止めようか)と思った瞬間、功兄が経兄を突き飛ばすのが見えた。

「あっ!」と叫んだ時には、経兄は音を立てて階段を転がり落ちて行った。

 後で知ったことが、経兄が功兄の趣味、昆虫採集のことで、標本を捨てろ、もっと仕事に集中しろというようなことを言って、本当に標本を捨てようとしたらしい。功兄が大切にしていた標本だ。それで、兄弟喧嘩になった。

 これが経兄の転落死の真相だ!――と言いたいところだが、事実は少し複雑だ。

 経兄が転がり落ちたのが、例の一直線の階段だ。踊り場が無いし、足を踏み外せば一階まで一気に転がり落ちてしまう。

「功兄!」と駆け寄ると、功兄は何が起こったのか分からないといった顔で呆然と立っていた。階段下を見下ろすと経兄が長々と伸びていた。

 俺は階段を駆け下りた。

 脈を確かめる。生きていた。気を失っていただけだった。

(生きている)と思った瞬間、俺は猛烈に腹が立った。

 何故だろう。一瞬、経兄が死んだと期待したからだろう。やっと死んでくれたと思ったのに、実は生きていた。そのことが俺を苛立たせたのかもしれない。

 経兄は俺にとって、いや、功兄にとっても、頭上に覆いかぶさっている厚い雲のような存在だった。日頃、仕事でストレスが溜まっていたのだろう。そのことは分かる。だからと言って、俺たちに当たるのは違う気がする。俺たちをストレス発散のはけ口にしていた。

 一緒に食事をしていて、箸の持ち方が悪いと言って殴られたことがあった。

「そんなことだと、社会に出て役に立たないぞ!」

 そう言って殴られた。箸の持ち方ひとつで、そんなことないだろう。

「おい、そこの本を取ってくれ」と頼まれて、テーブルの上の本を取ろうとして、手を滑らせて床に落としてしまった。それだけだ。それだけで殴られた。

「お前は本ひとつまともに取れないのか!」

 そう言われた。まともじゃない。

 俺たちに話をする時、経兄は何時も「ちっ!」と小さく舌打ちしてから話をするのだ。その舌打ちが嫌だった。

 俺たちを馬鹿にし、蔑んでいることが感じられた。

 侍従屋敷は俺たちにとって、まるで監獄だった。早く屋敷を出たかった。経兄は決して許さなかっただろうけど。

 だから、床に伸びた経兄を見た時、(やった! 死んでくれた)と思った。そして、生きていると分かった時、(何故だ⁉ 死んでいてくれよ)と思った。

 だから、俺は行動した。

 俺は経兄の両足を両脇の下に抱えると、ぐいと体を持ち上げた。そして、プロレス技のようにぶんと振り回した。玄関前は広くなっている。経兄の太ももを抱えて、回転することができた。二、三度、回転して弾みをつけると、頭を階段の親柱に叩きつけた。

「ぐがっ!」と妙な音がした。経兄の悲鳴だったのかもしれない。首がもろに親柱に命中して、顔がほとんど真横に曲がった。

 首が折れてちぎれて、飛んで行くかと思った。

 経兄は死んだ。

 これが事件の真相だ。功兄は俺がやった一部始終を見ていたはずだが、警察には経兄が階段から落ちたとしか言わなかった。

 共犯だ。こうして、俺と功兄は誰にも言えない秘密を抱えた。

 経兄から解放されて、俺は晴れ晴れとした気持ちだった。だが、功兄は違ったようだ。経兄の遺産を相続し、働かなくても生きて行けるようになった俺は家を出て、悠々自適の生活に入った。だが、功兄は経兄の後を継いで、会社を経営する身となった。屋敷から離れなかった。今まで以上にストレスを抱えていたとしても不思議ではない。

 事件から暫くして、功兄は夜中に一階の廊下から聞こえる怪奇音に悩まされ始めた。

「夜中に人が歩き回る音がする。経兄だ。経兄が化けて出て、廊下を歩き回っている」

 そう功兄に真顔で言われた時には、(随分、精神をやられているな)と心配になった。まさか、ここまではっきりと怪奇音がするなんて思っていなかった。

「屋敷を出てみたら?」と功兄に勧めた。

 一時期、一人暮らしには屋敷は広すぎると、功兄は市内にマンションを借りて、一人暮らしをしていた時期があった。だが、いつの間にか屋敷に戻って来ていた。

「何故、屋敷に戻るんだ?」と聞くと、「何処に行っても同じだった」と功兄は答えた。

「何処に行っても同じ?」

「うん。マンションに行っても、夜中に目が覚める。耳を澄ますと、下の階から足音が聞こえるような気がするんだ」

「子供が走り回っているんじゃないか?」

「夜中だよ。子供は寝ている時間だ」

「じゃあ、下の階の住人が歩いているんだよ」

「まさか。いくら何でも下の階の住人の歩く足音が聞こえるようなマンションじゃないよ。それに、夢を見るんだ」

「夢? どんな夢?」

「経兄が夢に出て来て言うんだ。お前が屋敷からいなくなると、寂しいから帰って来いと」

「・・・」功兄は精神を病んでいた。

 結局、功兄はマンションをあきらめ、屋敷に戻って来た。そして、天音医師に睡眠導入剤を処方してもらい、無理矢理、寝ることで夜中の足音から逃げていたようだ。

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