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女王の呪い唄  作者: 西季幽司
第一部「幽霊坂からの招待状」
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示談金③

 スガノ・クリニックでの診察を終え、薬局で処方薬を待っていると橋本弁護士から電話があった。「今から、屋敷に伺っても良いか?」という内容だった。

「今、クリニックに来ていますから」と一時間後に屋敷で会う約束をした。

 丁度、良い。天音さんに言われたばかりだ。橋本弁護士と話をしてみたいなと思っていたところだった。

 今まで、誰も俺のことなんか見向きもしなかったのに、急に忙しくなった。

 侍従屋敷に帰りつくと、まるで俺が帰るのを見張っていたかのように橋本弁護士がやって来た。約束の時間より早かった。

「随分、早いですね~」

「早め、早めに行動するのが、僕のモットーですから」

 ああ、そうですか。

 応接間に案内する。「コーヒーでも煎れましょうか」と言うと、「僕がやりましょう」と手慣れた感じでコーヒーを煎れ始めた。高田涼介もそうだったが、勝手知ったる他人の家、こいつら、屋敷でわが物顔だ。功兄が甘い顔をするからだ。

「さて、今日はどんなご用事ですか?」

 自分で煎れるより涼介や橋本弁護士に煎れてもらったコーヒーの方が上手いのが癪に障る。

「志功さんの遺産相続の件です。僕に任せてもらえますよね?」

 なるほど。引き続き顧問弁護士をやって良いかという確認なのだ。

「う~ん。そうですねえ・・・」と少し、焦らせてやった。

「志功さんの全ての遺産を把握しているのは僕ですよ」

「いえね。あくまで噂ですけどね。あなたが功兄の財産を横領しているという噂があるみたいですね」

 安達から聞いた話だ。

「僕が! 横領ですって⁉ それは聞き捨てならない。一体、誰がそんなことを言っているのですか?」

「おや、違うのですか?」

「事実無根です」

「火のない所に煙は立たぬと言いますよ」

「ははあ~分かりました。あの件ですね」

「どの件ですか?」

「まあ、志尊さんだけには、お話しておきましょう」

 橋本弁護士はコーヒーを一口、口に運んでから話し始めた。「実は志功さん、ある女性との間にトラブルを抱えていて、それを解決する為にお金を払ったのです」

「功兄が女性トラブル!」

 意外だ。あの朴念仁が女性トラブルを起こすなんて。それで、天音さんに興味が無くなって、指定病院から外そうとしていたのかもしれない。

 天音さんが橋本弁護士に聞けと言っていたのは、このことだったのだ。

「相手は会社の女性です。志功さんにとっては部下になります」

 功兄には女性の秘書がいる。だが、トラブルになった相手は女性秘書ではなく、営業部の女性だという。しかも、まだ若い担当者だ。

「志功氏と社長室で二人切りになった際、性的虐待を受けたと女性が訴えたのです」

「本当に? 何だか信じられないな。それで、功兄は認めたのですか?」

「全てではなく、一部、認めました。まあ、志功さん、はめられたみたいでしたけどね」

「はめられた?」

「性被害は事実、そこに至るまでの過程は、どうですかね~作為を感じました。大体、一介の営業部員が一人で社長室に報告でやって来るなんて妙でしょう。志功さんは平謝りでしたけどね。私は無理矢理だったとは思っていません。示談金を提示したら、直ぐに乗って来ましたから。まあ、お陰で外に漏れずに済みました」

「天音さんは事件のことを知っていた様子でしたよ」

「まあ、彼女は――」と言ったところで、橋本弁護士は言葉を飲み込んだ。

「彼女は何です?」

 橋本弁護士は「女狐ですからね」と言って、にやりと笑った。「会社にスパイがいるのでしょうね」

「スパイ?」

「会社の役員の中に、彼女のスパイがいるようです」

 橋本弁護士はそのスパイが誰なのか、心当たりがある様子だった。だが、俺には関係ない。

「それで、いくら示談金を払ったのですか?」

「五千万円です」

「五千万⁉ 多くないですか」

「私も多いと思いましたが、謝罪の意思だと志功さんは言っていました」

「全部、その女に渡したのですか?」

「はい。私が、そのお金の受け渡しの手配、一切合切をやりました。だから、志功さんの財産を横領したのではないかと噂になったのだと思います」

 どうだろう? 五千万円は多過ぎる。多めに功兄にふっかけて、示談金の一部をちょろまかしたのではないか。

「それで、その人はどうなったのですか?」

「会社を辞めました。まあ、その辺りも含めて、志功さんははめられたのではないかと思っているのです」

「まあ、やることをやったのなら、示談金も止む無しでしょう。ところで功兄の遺産の件ですが、橋本弁護士に任せないとなると、どうなるのですか?」と意地の悪い質問をぶつけてみた。

 俺には橋本弁護士が信用のならない男にしか見えないのだ。

「その時は、志功さんの遺言状に基づいて、遺産の処分を実行し、整理が終わったらお役御免になります」

「功兄の遺言状⁉」

「はい。故人の遺志に従って遺言状を公開したいと思っています。週末が良いですよね? また、皆さまにここに集まってもらって――」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。功兄は遺言状を書いていたのか⁉」

 まだ若かった功兄が遺言を残しているとは思わなかった。

「それが、一週間くらい前ですかね。突然、遺言状を書いておきたいと言い出して、うちを訪ねて来ました」

 ()()()()

「ま、まだ若かったのに・・・」

「私もそう言ったのですけどね。まだお若いので、遺言状は早いかもしれませんねと。でも、志功さんのように莫大な資産をお持ちの方は、早めに遺言状を書いておいた方が良いのは間違いありません」

「そ、それでどんな内容なのですか?」

「それは、ここでは申せません。週末に皆さまが集まった席で披露したいと思います」

「そうですか・・・」

 予定が狂った。

「心境の変化があったのでしょうね」

「とっとと、この屋敷、売り払ってしまおうと思っていたのに・・・」

「それは今しばらくお待ちください。遺産の処分が終わってから、またお話しましょう。それで、最初の話に戻りますが、志功さんの遺産管理、僕に任せてもらえませんか?」

「ああ、まあ」と俺は曖昧に答えておいた。

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