示談金②
相変わらず夜中になると何故か目が覚める。そして、一階の廊下から足音が聞こえて来る。昼間は至って静かなので、夜中だけ聞こえるなんて、明らかに変だ。
いずれ建築の専門家に見てもらい、足音の正体を解明してもらわなければならない。心霊現象、特に階段から転落死した志経の亡霊の仕業だなんて、そんなこと、思いたくなかった。
要は、目を覚まさなければ良いのだ。
俺は天音医師を訪ねて、睡眠薬を処方してもらうことにした。
菅野天音が経営するスガノ・クリニックは市内の目抜き通りの一角にある。四階建てのビルと五階建てのビルが連結した形になっており、広々とした駐車場を併せ持っている。
これも全てアゼリの金だと思わずにはいられない。
予め電話をしてあったので、天音医師が院長室で待っていてくれた。
「志尊さん。珍しいわね」と天音医師が半場、嫌味で出迎えた。
そうだ。志経や志功と違って、俺に天音さんの色気は通用しない。天音さんを訪ねるのは、本当に具合が悪い時だけだ。
「そこに掛けて」とソファーを勧められる。どうやらここで診察してくれるようだ。
「睡眠薬を処方してもらいたいだけです」
「不眠症じゃないでしょう。睡眠薬はダメね。睡眠導入剤かしら」
「あの屋敷に寝泊りするようになってから、夜中に目が覚めて困っているんだ」
「あら、一階の廊下から足音でも聞こえるの」と天音さんが言ったものだから、ドキリとした。
「・・・」
「図星みたいね」
「何故、分かるんです?」
廊下の足音の話は誰にも言っていない。
「志功さんが、そう言っていたから」と天音が言った。
「功兄が?」
「夜中に一階の廊下から足音が聞こえて眠れない。睡眠薬を処方してくれと言って、ここに来たの」
「それで?」
「定期的に睡眠導入剤を処方して上げていた」
「そう。あの屋敷、老朽化しているからね。一階の廊下の下に配管でもあって、それが原因で音が鳴るのかもしれない」
「志功さんは、あれはお兄さんの幽霊じゃないかって言っていたわよ」
「馬鹿馬鹿しい」
「そうね」と天音さんは憐れむような眼で俺を見た。
この女、何を知っているのだろう? 功兄から何か聞いたのだろう?
「ところで天音さん。功兄はおたくを会社の指定病院から外そうとしていたそうですね?」
爆弾を投下してやったが、天音さんはまるで動ぜずに「あら、そう」と軽く受け流した。
「そうなったら、大変だ。だから、功兄を殺した?」
「まさか。アゼリさんの指定病院を外されたからと言って、うちはダメになったりしません。十分、やって行けます。志功さんを殺して捕まったんじゃあ、割に合わない」
計算高い女だ。
「功兄との間で、何かあったのですか?」
「別に、何も。橋本弁護士にでも、聞いてみては?」と意味深なことを言った。
「橋本弁護士に?」
「うちはアゼリさんの指定病院ですから、色々、噂が流れて来ますから」
どういう意味だ? 結局、天音さんは何も教えてくれなかった。




