64 悪役令嬢とレーネ
「…暇だなぁ」
カイルがセシルと剣の稽古をするようになってからは、一人で過ごす時間が増えた。エリオットとミシェルは後継者の勉強をしているらしく、屋敷に来ることがなくなった。今までが賑やかだったせいか、少し寂しい。
アリシアが授業のないときはお茶をしたりしているが、生憎今日は授業でいない。
「お嬢様、お茶をご用意しました」
私がソファでぼーっとしていると、レーネがお茶を淹れてくれた。
「せっかくだから、一緒に飲みましょう」
私は話し相手が欲しくて、そう持ちかけたがレーネは
「いえ、こちらお嬢様のためにお淹れしたお茶ですので」
と首を横に振った。
アンナとマリーはたまに付き合ってくれるんだけど、レーネは真面目な子だからな。でも、無理強いするのも良くないよね。
「ごめんなさい、少し退屈で話し相手になって欲しかっただけなの」
「私と話していてもつまらないと思いますが…」
レーネは淡々とした口調でそう言った。うーん、口下手なのかな?そんな事を考えていると
「…あの、お嬢様は温室で何を育てているのですか?」
とレーネが聞いてきた。
「温室では薬草を育てているの、前にあげた手荒れに効く薬もあそこで育てている薬草を使っているのよ」
私はレーネから話しを振ってもらえたのが嬉しくて顔が緩む。
「…毒草とかも育てているんですか?」
何でそんな事を聞くんだろう。私が作った薬が効かなかったのかな?
「確かに毒がないものがないわけではないけど、基本的に薬草しか育ててないわ」
「……」
疑われているのかな
「本当よ、毒は自分自身にしか使ってないし…」
あ、焦って余計なことを言ってしまった。
「何故毒をご自身で?」
下手に誤魔化すと余計に怪しまれるよね
「…毒を盛られても大丈夫なように耐性をつけようと」
ちゃんと解毒薬を作った上で試しているし、エリオット達が忙しくなった今しかできない。
「毒を盛られる心配があるんですか?」
「だって、一応王太子様の婚約者だし、お妃様になりたいご令嬢は掃いて捨てるほどいるでしょ」
掃いて捨てるは失礼だったかな。
「ふっ、お嬢様は、本当に変わっていますね」
レーネが笑った。いつも無表情のレーネが…心を開いてきてくれたのかな?
「ねぇ、一緒にお茶を…」
「カップが空になりましたね」
残念なことに一緒にお茶をする気はないようだ。
レーネはカップを片付けようと、手を伸ばした。私は思わず、レーネの腕を掴む。レーネは一瞬怯んだが、私の顔を不思議そうに見ている。
「レーネ、ちょっと失礼するわね」
私はレーネの服の袖を捲くる。やっぱり、レーネが手を伸ばしたときに私は見てしまったのだ。レーネの腕に痣があるのを…チラッと見えただけだったから、どこかにぶつけただけかと思ったが捲ってみて驚いた。レーネの腕にはおびただしい数の傷や痣ができている。
「これは、どうしたの?」
私が尋ねると、レーネは私の腕を払い除け
「大したことありませんので」
と言った。
大したことないはずがない、一体誰がこんな事を…いや、傷や痣を見る限り最近出来たものではなさそうだ。もしかしたら、前の雇い主にやられたのかも…
「レーネ…あなたに渡したい物があるんだけど」
私はカイルから貰った薬を、引き出しから取り出す。あのときの傷痕は消えたが、数ヶ月に一度のペースで贈られてきているため、持て余していた。
「これを使って、少し時間はかかるかもしれないけど、傷痕が消えるのよ」
私はレーネに薬を渡す。
「これはお嬢様が作られたものですか?」
レーネは薬をまじまじと見ている。
「これは頂き物なの」
私がそう言うと、レーネは薬を私に戻そうとしてきた。
「頂き物を私が貰うわけにはいきませんので」
確かにそうだけど、使わずに無駄にするよりは必要としている人に使ってもらうのが一番なんだけどな。そうだ…
「それなら、私がレーネに塗ってあげる。使っているのは私でしょ」
「…塗って頂くぐらいなら、自分で塗ります。ありがとうございます」
レーネは薬をエプロンのポケットに入れた。私に薬を塗られるのがそんなに嫌だったのか。
レーネは私に頭を下げた後、部屋を出ようとした。
「…レーネ何かあったら私に言ってね。力になれるか分からないけど」
私の言葉に再び頭を下げて、部屋を出ていった。
…あ、カップ片付け忘れてるけど、まあいっか
レーネがフローレス家に来てを良かったと思ってくれれば良いんだけど。




