146 悪役令嬢と毒薬。
ミシェルが温室にやってきた二日後。今日はミシェルが毒について教えに来てくれている。
「トリシャちゃんは『フルミエレ』という花を知っている?」
フルミエレは前世では存在しない花だ。
ポピーのような花弁に、カラテアのような独特な模様の葉が特徴的な花だ。
数年間、植物について勉強していたため、もちろん知っている。
独特の見た目をしているが、毒があるのは蜜だけで触れる分には問題ないと言われている。
と言っても、実物は見たことがないのだけど。
「ええ、口にすると痙攣を起こして心機能を低下させるのよね」
見た目からして、危険な香りがするから誤って口にするようなことはないだろうけど…
「そう、フルミエレは子供だとスプーン一杯程で死に至るけど、大人だと…人によるけど、グラスの三分の一程の量。」
ミシェルがポケットから、小さな小瓶を取り出した。
「耐性をつけるためなら、スプーン一杯かな?」
フルミエレの蜜を持ってきてくれたんだ。
「甘い香りを隠すために、果実酒に混ぜることが多いみたいだけど、トリシャちゃんは紅茶に入れよっか。」
アンナが用意してくれていた紅茶に、ミシェルはフルミエレの蜜を混ぜた。
ミシェルの言っていた通り、蜂蜜のような甘い香りが漂ってきた。
なるほど、確かにこれは甘い飲み物に混ぜないと不自然だ。
「無理して飲まなくても良いからね。」
ミシェルはカップを渡すの躊躇うように、私から遠ざけた。
「ううん、せっかくミシェルが持ってきてくれたんだもの。」
私はカップを受け取って、口をつけた。
……甘くて美味しい。
これが毒だなんて誰も気づかないだろう。
「じゃあ時間を計るから、具合が悪くなったらすぐに言ってね。」
「ありがとう。」
今、何分ぐらい経ったんだろう。
何か、頭がぼーっとしてきた。毒が効いてきたのかな?
「…トリシャちゃん?」
まぶたが、体が重くなって――
「トリシャちゃんは、本当に素直で可愛いね。」
……あれ?…ここは……私の温室?…でも、いつもと景色が違うような。
さっきまで、フルミエレの毒を飲んで……
私、解毒薬を飲んでいない!?
起きないと、起きてミシェルから……体が重くて起き上がれない。
「おはよう、トリシャちゃん。具合はどう?」
ミシェルが私の頬を撫でている。
「ミシェル…体が重くて起き上がれないの」
「ごめんね。僕がスカートを踏んでいたみたい。」
ミシェルが立ち上がると、普通に体を起こせた。
体を起こすと、ジャケットが体にかけられていた。
これは……誰のだ?
ミシェルが着ていたのとは違う、でも、ミシェルはジャケットを着ていないし……
ふと、横を見ると畳まれたジャケットが置かれていた。ミシェルのジャケットは、枕代わりに貸してくれていたのか……
じゃなく、これは結局誰の?
「あ、パトリシア起きたんだ。」
「エリオット!?」
ということは、これはエリオットのジャケット……いや、そんな事より。
「どうしてエリオットが?」
「ミシェルに連絡をもらっていたから。」
私はもらってないんだけど…皆、連絡なしで普通にうちの屋敷に来ているけど、顔パスなのかな。
「トリシャちゃん、良く眠っていたね。ベンチで寝て、身体は辛くなかった?」
ミシェルはニコニコと穏やかな笑顔でそう言った。
「ええ、二人共上着を貸してくれて、ありがとう。」
「どういたしまして。ところで、トリシャちゃん。」
「何?」
「これは何かな?」
ミシェルが作業台を指差した。
作業台の上には、私がこっそりと作っていた毒薬と、毒草が押収品のごとく置かれていた。
「これって、つい最近の…ではないよね。瓶にはしっかり作った日のタグがついているし。」
「……え〜っと」
思わず目を逸らすと、ミシェルに両手で両頬を押さえられた。
「トリシャちゃん…僕達はトリシャちゃんのこと理解しているから良いけど、もし知らない人が見たらトリシャちゃんが誰かに毒を盛ろうとしていると、勘違いされてもおかしくないんだよ。」
ミシェルは諭すように優しい口調で、そう言った。
確かに…もし、万が一誰かが毒を盛られたら、私が真っ先に疑われてもおかしくない。
それに、私が毒を盛られても、自作自演だと疑われる可能性だってある。
「…ごめんなさい。」
「カイル様やセシル達に報告はしないけど、もうこんな事しちゃ駄目だよ。」
「はい…」
「ちゃんと反省できて偉いね。」
ミシェルは私の頭を撫でた。
あれ?私が毒をならそうとしたことに、ミシェルは協力的だったけど…
そういえば…
「ミシェル、フルミエレの毒は?解毒薬とかって…」
今のところ具合は悪くないけど、遅効性な毒だったらこれから具合が悪くなるかもしれない。
「解毒薬なんてないよ。」
「え?」
どうして…
「僕がトリシャちゃんに、毒を飲ませるわけないでしょ。あれはただの蜂蜜だよ。」
「蜂蜜……でも、すぐに眠くなって…」
「ごめんね、睡眠薬を混ぜたんだ。あれを探すために、少し眠っていてもらおうと思って」
ミシェルは作業台をチラッと見た。
私が毒薬を作っている事を気づいていたのか…
「パトリシアが寝ている間に、俺とミシェルで探したんだ。」
「これは全部、僕が持ち帰るね」
嘘…私がバレないようにこっそりと作ったのに……
「あのね、トリシャちゃん。耐性をつけるためとはいえ、毒を摂取し続けると……赤ちゃんができなくなるかもしれないんだよ。」
不妊になる薬はあるけど、毒でもそんなことになる可能性があるのか…怖くなってきた。
「ね、怖いでしょ。」
ミシェルは私の隣に座って、背中を擦ってくれた。
ミシェルは最初から、私を止めるために協力するふりをしていたのかな。
流石にここまで言われたんだ、毒をならすことはもうしない。




