142 悪役令嬢と義弟の距離。
「お嬢様、今日は珍しくお寝坊でしたね」
いつもは、アンナが部屋に来る前に起きているのに、今日はアンナがカーテンを開ける音で、目が覚めた。
「…昨夜は中々寝付けなくて」
セシルに告白されて、いつから私の事を思ってくれていたのかとか、私のどこが良くて好きになってくれたのかとか、そういうことを頭の中をぐるぐると巡らせて目が冴えてしまった。
寝坊してしまったため、朝食は部屋で食べた。
昨日の夕食のときは少し気まずかったため、逆に部屋で食べられて良かったのかもしれない。
でも、ソファに座っていると昨日のことを思い出して、自分の部屋なのに、どうにも落ち着かない。
そうだ、落ち着くために静かな所に行こう。
書庫へ行くのは久しぶりだな。
特に目当ての本があるわけではないけど……
「あれ?姉さん」
「セシル!?」
書庫の扉を開けると、セシルがいた。
少し気まずい…でも、戻るのも失礼だよね。
「……何か探し物?」
「領地に関する資料を取りに来たんだよ」
そっか、次期公爵だもんね。
セシルは本当に勉強熱心だな。
「姉さんは…一人?」
「ええ、一人だけど……」
「そう、僕はもう少しここにいるから、パトリシアもゆっくりして行きなよ」
さっきまでは、姉さんって呼んでいたのに…
「二人きりのときはそう呼ぶことにしたから」
私の思考が読まれてる。
「ハハハ……セシルの邪魔にならないようにするわね」
私はそそくさと、別の本棚に向かった。
『心理学の基礎』か……今の私に必要な本では
どうしてこんな本が、家に?
まさか、お父様やお母様も同じような心境でこの本を?
それにしても、本棚の一番上の段にしまわれているため、届かない。
面倒だけど、踏み台を取りに行こうかな。
「取りたいのはこの本で合ってる?」
セシルがいつの間にか、私の背後に来ていた。
「…うん」
私が背伸びをして必死な思いで取ろうとしていたのに、セシルは簡単に取ってくれた。
「ありがとう」
本を受け取ろうとした瞬間、セシルの手が触れて、思わず手を離してしまった。
本はセシルがキャッチしてくれたため、落とさずに済んだ。
「もしかして、意識してくれてる?」
セシルが私の耳元で囁いた。耳に息がかかり、私は耳を押さえて飛び退いた。
「ふふ、猫みたいだね」
私はこんなにも、ドギマギしているのに、セシルは楽しそうに笑っている。
とにかく、気持ちを落ち着かせるために、別のことを考えよう。
そもそも、落ち着くためにここに来たんだ。
そういえば、少し前までは私よりも背が低かったのに、いつの間にか大きくなったな。
成長痛が酷くて、特に夜に痛みが来るのかいつも辛そうで…足をさすってあげてたっけ。
『姉さん、足が痛いよ』
って泣きそうな顔していたセシルが…
「今、別のこと考えているでしょ」
ムッとした顔をしたセシルが、私の両頬を軽くつまんできた。
「セシルのことよ」
私はセシルの手を、頬から離した。
「そう、それなら良いけど……一応聞くけど、何について考えていたの?」
「ふふっ、大きくなったなぁって」
頭を撫でたくても、届かない。
いつもなら、撫でようとすると私が撫でやすい高さに膝を曲げてくれる。
「……そうだね」
私が伸ばした手はセシルに掴まれて、本を掴まされた。
受け取った本を抱えると、セシルが私を抱きしめた。
「こうして、パトリシアのことを包み込めるぐらいには大きくなったよ」
「へっ…」
私は間抜けな声をあげてしまった。
本を抱えている状態で、抱きしめられているため少し苦しい。
「セシルっ、離して」
「この前は、自分から抱きついてきたのに?」
抱きしめる力は緩くなったが、腕はまだ背中に回っている。
「こ、この前とは心境が違うから……」
「へぇ、どう違うのか教えて?」
セシルが真っ直ぐ、私の目を見ている。
「それは…」
セシルの顔が少しずつ近づいてくる。
「この本を読んでから、考えるから…」
私は持っていた本で顔を隠した。
「うん、待ってる」
セシルの腕は背中から離れた。
「……すぐに読み終わらないかもしれないけど」
「すぐじゃなくてもいいよ。ゆっくり答え出してくれれば」
セシルは優しくてどこか切ない笑顔で、私の頬を撫でた。
「あ、でも今だに僕のことを子供扱いしているのには、少し腹が立ったな」
離れたはずなのに、セシルの顔が近づいてきている。
本は手で押さえられているため、顔を隠せない。
「セ…セシルぅ!?」
セシルは私の前髪を除けて、おでこにキスを…
「じゃあ、僕は行くね。少しは、僕の気持ち理解してくれた?」
私の頭を撫でたあとセシルは背を向けて、片手を軽く上げて部屋を出ていった。
表情は分からないけど、耳が赤く見えた。
「……顔が熱い」
私は、当分書庫から出られないだろう。




