ハンス=ブロン
我がブロン伯爵家は祖父の代から騎士として、王家に忠誠を誓っていた。
当然、自分もそのつもりだった。
初めてパトリシア様にお目にかかったのは、パトリシア様がカイル殿下に招かれて、王宮の庭園で散歩をされている所だった。
確か、パトリシア様の社交界デビュー前。
日に照らされてキラキラと輝く金色の髪、つり目がちの宝石のような青い瞳。
一つ一つの所作を取っても、とても美しい少女。
普段、あまり表情の変わらないカイル殿下の表情が、コロコロと変わる様子を見て、カイル殿下がパトリシア様の事を好いていらっしゃる事はよく分かった。
それに、一見、クールな印象のあるパトリシア様も、表情が豊かで年相応の少女だった。
そのときは、お似合いのお二人だと思っていた。
パトリシア様の社交界デビューの日。
パトリシア様はカイル殿下ではなく、御父上であるアルフレッド宰相にエスコートされていた。
お二人が婚約関係にある事は、公になっていないため仕方ない。
それに、公表されてしまえばパトリシア様に危険が及ぶ可能性もある。
でも、その結果……
パトリシア様は年の離れた男性に言い寄られたり、カイル殿下に好意を寄せていた令嬢の自作自演で陥れられそうになっていた。
どちらもカイル殿下が対応をされてはいたものの、パトリシア様が恐ろしい思いをしたのは確かだ。
お二人の婚約関係が公になってからは、パトリシア様を陥れようとする人間はいなくなった。
カイル殿下が、目を光らせているというのもあったのだろう。
だが、翌年…
パトリシア様は、コーデリア嬢を庇ってナイセル嬢に水をかけられた。
そんな事があったのに、カイル殿下はパトリシア様の所へ向かうのではなく、真っ先にナイセル嬢達の後を追った。
それは騎士である僕達の仕事で、カイル殿下はパトリシア様の側で彼女に寄り添うべきなのに……
そのときから、少しずつカイル殿下では、パトリシア様を幸せにできないのではと考え始めていた。
パトリシア様は身分を気にせず、爵位の低い者に馴れ馴れしく話しかけられても、優しく対応をされている。
それに、話によると彼女の護衛騎士は、平民の出だと聞いた。
平民が騎士になれるだけでなく、パトリシア様の護衛を任されるということは、余程腕の立つのだろう。
実力だけでなく、後ろ盾があって成り立つ王国騎士団。
近い将来、王太子妃となるパトリシア様をお守りできるならそれでも良いと思っていた。
でも、今彼女をお守りできるのは僕ではない……
僕が彼女を……パトリシア様を幸せにする。
そんな事を心に誓ってから、月日が経ったある日。
任務で少し治安の悪い街へ行くことになった。
調査のために酒場に入ると、ローブを纏った男が隣に座ってきた。
「実は、私には想い人がいるんです――」
その男は突然身の上話をしてきた。
野蛮な奴等が騒いでいる中で、育ちの良さそうな話し方からお忍びできている貴族か何かだと分かった。
「それで、ここには何を?」
僕がそう尋ねると、ローブを纏った男は口を開いた。
「ここには、金さえ払えばどんな依頼も受けてくれる人間が、沢山いるんですよ」
「お兄さんも何か悩んでいるのでは?」
名前や立場等は出さずに、僕は思いの丈を打ち明けてしまった。
それからは早かった。
屋敷の購入から、パトリシア様を保護してから屋敷へ向かうための経路確認。
崖から馬車を落とした後に撒く、血液に似た液体の購入。
本気で、パトリシア様を貴族のしがらみから解放して差し上げたかった……それだけだったのに……
パトリシア様は悪漢達に襲われかけ、怪我を負った。美しく揺れる長い髪も、切り落とされてしまった。
自業自得…そんな言葉が脳裏をよぎったと同時に、男達の勝手な行動に頭にきてしまい。
手にかけてしまった…
それからは、フローレス邸の警備は厳戒態勢となった。
パトリシア様がこのまま、フローレス邸で守られるならそれでも良いと思った。
彼女が街へ出かけると聞くまでは……
男達が依頼を無視して、パトリシア様を殺害しようとした。それだけが気がかりだった。
街へ出たパトリシア様が、別の誰かにまた狙われてしまうといけない。
今度こそ、僕が彼女を……
「お嬢様、本当によろしかったのですか?」
迎えの馬車に乗り、帰路に向かっている。
「ええ、後はカイル様にお任せするわ」
仮にハンス=ブロンが依頼したわけでないにしても、自分を狙った人間を許すとは思わなかった。
お嬢様は、いくら何でもお人好し過ぎる。
「私が貴族としての生き方に、向いていないのは事実だから」
「そんなことは……」
「ふふっ、ダリル。薬草を育てたり、お菓子作り、それに剣の稽古は普通の貴族令嬢はしないのよ」
「見栄と虚勢だけ着飾った方々よりも、お嬢様のような方のほうが、貴族として正しいように思います」
貴族とは領民達の生活と安全を守るもの。
お嬢様の育てた薬草から作った薬や手作りお菓子は、ダリル殿の村へ支援されている。
フローレス家の領地でもない村の……
そのような事をするのはおかしな話だが、感心こそされても、批判をされるようなことではない。
何もせずに贅を尽くすだけの人間よりも、ずっと立派だ。
「ありがとう。レーネにそう言われると嬉しいわ」
優しいお嬢様はきっと、これからも悪意に目を向けられるのだろう。
できる限り……お嬢様のお仕えできる間、お嬢様をお支えしよう。




